平成29年 全国赤十字大会 社長挨拶

昨年は、4月に起きた熊本地震により、全国赤十字大会を中止いたしました。熊本の復興は未だ道半ばであります。被災された方々に改めてお見舞いを申し上げますが、本日は、日本赤十字社名誉総裁皇后陛下、ならびに名誉副総裁秋篠宮妃殿下、寛仁親王信子妃殿下、高円宮妃殿下のご臨席を賜り、2年ぶりに本大会を開催できますことは大きな喜びであります。

今年、日本赤十字社は創設140周年を迎えました。この機会にしばし、我々の使命を原点に立ち返って考えてみたいと思います。

昭和27年に制定された日本赤十字社法は、「日本赤十字社は、赤十字に関する国際機関及び各国赤十字社と協調を保ち、国際赤十字事業の発展に協力し、世界の平和と人類の福祉に貢献するように努めなければならない」と定めており、社の定款も同様に規定しております。

昨今の世界を眺めれば、多くの国で政情が混迷し、社会の亀裂や国家間の対立が深まっております。国内でも国際的にも、多様な利害を調整し、あらゆる人々の自由や基本的人権を保障するはずの民主主義が十分機能せず、不満のはけ口を極端な主義主張に求める傾向も各地で高まりを見せています。

こうした不確実な時代にあって、「世界の平和」や「人類の福祉」の追求といった高邁な理想に対し、一人ひとりにできることは所詮限られている、といった諦めが先立つのは止むを得ないことかもしれません。しかし、歴史を振り返るならば、戦場での悲惨な現実を目前にして、一人でも多くの苦しむ人を救いたいとの強い思いを抱きながら、それを十分成し遂げられなかった挫折感と無力感こそが、アンリー・デュナンをして赤十字の創設を思い立たせたのではなかったでしょうか。

言い換えれば、赤十字は「一人では何も出来ない」という無力感と現実を、志を同じくする世界の人々が、「人道の力」を結集することによって変えていこうとする「運動」であると言えるでしょう。そして、今では190の国に、この運動は根付いています。 

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参会者に挨拶する近衞社長

一方、赤十字の発祥に伴って結ばれたジュネーブ条約は当初、中立のシンボルである赤十字の旗の下で救護に携わる人員や施設は、攻撃の対象としてはならない、ということだけを定めた、わずか10ヶ条の短いものでした。それでも、武器を捨てた兵士達は一個の人間として、敵味方の区別なく救うべきだという思想を、それまでのように指揮官の善意や裁量によるのではなく、条約の形で普遍化したことは、人類史上初めての画期的な出来事でした。そしてその条約は以後、人道の最も基本的な法の規範に発展し、国際人道法と呼ばれるようになった今日では、600ヶ条にもなっています。残念ながら、国際人道法が戦争を無くしたわけではありません。違反行為も依然として後を絶ちません。それでも国際人道法は、戦争という極限の状況下にあっても、犠牲者に救いと希望の明りを灯し続けてきました。そして、人道支援に欠かすことの出来ない「公平」「中立」「独立」といった赤十字が掲げてきた原則は、今では救援に携わる殆どすべての団体に共有されるまでに定着しています。

日本赤十字社はこの4月、長崎で赤十字国際委員会とともに「核兵器の禁止と廃絶」のための国際会議を開催し、35カ国の赤十字ないし赤新月社が参加しました。国際人道法に明らかに違反する核兵器の使用を禁止することは、広島の原爆投下以来、国際赤十字全体の悲願であり、この会議は国連で審議中の、禁止条約制定の動きを後押しするものでした。その実現の道のりがいかに遠くとも、前に向かっての確かな一歩であり、唯一の被爆国である日本赤十字社が果たすべき役割だったと考えております。

私たち赤十字が日々行っている業務は、医療であれ、血液事業であれ、福祉であれ、ボランティア活動であれ、「世界の平和」や「人類の福祉」に直結するものではないかもしれません。

しかし、国籍、人種、宗教等あらゆる違いを超えて、人々の「命」と「健康」と「尊厳」を守る我々の日々の努力の積み重ねこそが、国際赤十字が創設以来スローガンに掲げてきた、「人道を通じて平和を」を達成する道であると固く信じております。

140年というこの節目の年に、日本赤十字社が国内で、また国際的に果たしてきた役割と貢献を再認識し、それらを更に発展させる契機となるよう、皆さまと共に歩みを進めてゆく決意を最後に申し上げ、私の挨拶といたします。

                     平成29年5月25日

                                日本赤十字社 社長 近衞忠煇