バングラデシュ:助産師がお母さんと赤ちゃんのもとへ

「私たちの地域には39人も妊婦がいますが、ほとんどは診療所に行けず、彼女たちの健康状態が心配です。」昨年8月にミャンマー・ラカイン州で発生した衝突以降、68万人以上もの避難民が逃れている隣国バングラデシュで活動を続ける日本赤十字社のこころのケアを受けたある男性の言葉です。苦しい避難生活の中、地域を守ろうと自ら立ち上がったこの男性の一言を契機に、新たな支援が始まりました。現場で活動を終えた赤井智子助産師(日本赤十字社医療センター)からのレポートです。

※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。

お母さんと赤ちゃんが必要とする支援とは

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第1子の子育てに苦戦する母親の質問に答える赤井助産師

私たちはこの言葉を聞き、妊婦が住んでいるという家庭を訪問しました。山を切り崩して作られたキャンプの中で急な坂道や遠い道のりを歩いて診療所に行くのは、お腹の大きな妊婦さんや新生児を抱えた産後の女性にはとても大変なことです。そこで、地域のリーダーや、いわゆる産婆などと話し合い、私たち助産師が地域に赴き、妊婦や新生児健診やいわゆる産婆への教育活動を始めることになりました。

拠点となるのは、この活動のきっかけとなった男性やその地域に住む人の家であるテントです。彼らは「地域のためになるなら」と言っていつも快く貸してくれます。私たちは、健診に必要な医療器材や薬に加えて、カーテンやかわいい柄のシーツを持っていきます。ひもやクリップなどを使いテント内の柱に吊るすことで女性のプライバシーを守り、安心して気持ちよく健診を受けられる環境を整えます。

待合室でも座るところがなくなるほど多くの妊婦や新生児を連れたお母さんが集まってくるのに最初は驚きました。これまで日赤の助産師による母子保健活動が行われてきたのは、巡回診療の拠点4か所と仮設診療所。本当に支援を必要としている人には、私たち自身が足を運ばなくてはいけないことを痛感しました。妊娠8か月の女性は、「小さな子どもがいるので遠くの診療所まで行くことができなかったけれど、家の近くで診察してもらえて嬉しい。赤ちゃんが元気なことがわかると安心」と、喜んで毎週欠かさず健診に来てくれます。血圧測定や胎児心音聴取、赤ちゃんの体重測定を毎回楽しみにしており、高い再診率を維持しています。

活動を始めてわかったのは、全体的に女性の血圧が低く、貧血や頻脈があり体調不良を訴える人が多いことです。安全な水が十分に手に入らず脱水状態が続いていることや、配給頼りの食事で栄養が偏っていることが背景にあると考えられます。キャンプの中では、水道などの水の供給設備が少しずつ整い始めています。しかし、供給時間が決まっているため水瓶を並べ、順番を待っている場面をよく見かけるので、まだまだ十分に水が行き届いていないことが想像できます。

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水が出るのを待つ子どもたち ©IFRC/Victor Lacken

活動を始めて約1か月が経ちます。この地域では4回の訪問で治療や生活指導を行った結果、自覚症状だけではなく、血圧や脈拍なども徐々に改善してきています。脱水症状の治療には食塩とブドウ糖を混合し、水に溶かした経口補水液を、栄養状態の改善には鉄剤、ビタミン剤などを処方しています。また、食生活の指導も実施しています。一緒に活動しているバングラデシュ赤新月社の助産師などから地元の食習慣や食材について話を聞き、キャンプ内のお店でも手に入りそうな食材を使った食事を提案します。最近は日に日に気温が上昇しているため、十分な水分摂取を促すことも私たちの役割です。

地域の産婆とともに命と健康を守る

ほとんどの妊婦は、いわゆる産婆の介助を受け自宅で出産します。そのため、妊娠期に継続した健診を受け、体調を整えることが大切です。リスクが高い分娩が予測される妊婦を見つけ適切な分娩施設に紹介することは安全なお産にもつながります。また、産後健診や新生児健診、授乳のアドバイスや適切なケアを受けることで、過酷な避難生活の中でも母子ともに健康が維持できるのです。

たくさんの子どもを抱える母親が健康に過ごすことは、家族にとってとても重要です。妊娠・出産中に危険な状態になると、病院に搬送されて治療が必要になり家族が離れ離れになってしまいます。日本のように、携帯電話で連絡をとることもできません。大切な家族が健康に過ごせるように、バングラデシュ赤新月社の助産師と協力して活動しています。

先日、ある妊婦の分娩前に、担当する産婆に陣痛の際の過ごし方などを指導をしました。数日後、自宅を訪問すると彼女も駆けつけ、分娩の経過に加え、事前に指導を受けられたことで安心して介助に臨むことができたと話してくれました。その家族はミャンマーでは裕福な生活をしていたようなのですが、こちらでは産後に良いとされる温かいお湯を入れるコップもないと悲しそうに話していました。そのような状況でも、子どもが健康に生まれてくれて嬉しいと語る父親、そして、何度もありがとうと感謝する母親の姿は忘れることができません。

地域に寄り添う支援を

昨年9月にも現場で支援に携わりましたが、多くの人は着の身着のまま逃れてきた直後で、表情は暗く笑顔を見ることはほとんどありませんでした。今回の活動では、一人ひとりの家を訪問しきめ細かな対応をしたことで信頼関係を築くことができ、笑顔で話しかけてくれることもあれば、悩みごとを話してくれるようにまでなりました。命の危険の心配をすることなく安心して過ごしているようには見えますが、支援を必要としている人々はまだまだいます。今後も地域の行政や他団体とも協力しながら活動を拡大し、地域に出向いてお母さんと赤ちゃんの健康を守ります。

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