ネパール地震:4年間の復興の歩み

ネパールは、世界最高峰のエベレストで有名なヒマラヤ山脈を有する山岳国家。今から 4年前の2015年4月25日、このネパールでマグニチュード7.8の地震が起こりました。死者8,856人、被災者約560万人、半壊・損壊した住宅は約89万戸 ― 国民の5人に1名が被災するという甚大な被害となりました。

今号は、日赤の復興支援の歩みと、ネパールの人々が震災から立ち上がり前に進んでいる姿について、日本赤十字社(以下、「日赤」という。)ネパール現地代表部の五十嵐和代首席代表からの報告をお届けします。

復興のその先へ - より安全で、より良い生活環境を整える


日赤は、地震発生の翌日から、最も被害の大きかったシンドパルチョーク郡に医療チームを派遣。緊急救援活動に引き続き、ネパール赤十字社(以下、「ネ赤」という。)とともに復興支援活動を続けています。地震から4年が経過し、住宅や診療所の再建、水道やトイレなどの衛生設備の整備が進み、現地の生活環境は整いつつあります。

◆日赤の主な支援事業◆

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      <住宅の再建支援>                <水と衛生支援>

   地震で全壊した住宅1,844戸を再建。      住宅1,525戸や学校のトイレ、水道設備を再建。

d.jpg<学校の再建と防災教育>

地震に強い学校を1校を建設。完成後は、学校を拠点とした地域住民への防災教育も実施。

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被災者の生計の安定・向上を目的として、469世帯に対し、農業や畜産業の技術指導や資金支援を実施。

地震直後に産まれたナオキくんの4回目の誕生日

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もうすぐ4歳を迎えるナオキくん

4年前の地震では多くの命が失われましたが、新たに誕生した命もあります。地震から10日後、陣痛に見舞われた妊婦のドルマさん。近くの診療所に向かいましたが、診療所は地震で倒壊していました。その時、偶然に彼女に出会ったのが、震災の被害を調べていた日赤の調査チームでした。調査チームは陣痛に苦しむドルマさんを別の診療所へ搬送。無事安全に男の子を出産することができました。

男の子の名前は、“ニーシャン・ナオキ”。命をつないだ日赤職員の名前にちなんでドルマさんが名付けました。ナオキくんは、今年4歳を迎えます。ネパールが震災から復興するとともに、ナオキくんも元気に成長しています。

ふたつの大きな力を繋ぐ

被災地の復興は、新しい命の誕生にもつながります。2019年2月上旬、日赤が再建支援をしたタンパルダップ村の診療所に、険しい山道を2時間もかけてスニタ・タマンさんが担架で運ばれてきました。スニタさんにとっては、2人の女の子に続いて初めての男の子、チャングバちゃんが誕生しました。無事出産を終えて、家族や隣人も大喜びでした。

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完成した診療所と住民の方々(右から2番目が五十嵐代表)

日赤は、タンパルダップ村を含めた14の村の診療所の再建も支援しています。日本であれば数か月で終わる工事も、ネパールで進めるのは容易ではありません。1年間のうち3か月間続く雨季では、未舗装の山道がぬかるみ、車での移動が困難になります。人も資機材も運べなくなり、事業は完全にストップ。度重なる計画の変更が起こる中、ネ赤や地域住民など関係者と辛抱強く対話を続けながら事業を進めなければなりません。

そのような中、こうして元気なチャングバちゃんの笑顔を見ると、「ああ、よかった。これまで待っていてくれて、本当にありがとう」と心の底から思います。ネパールに想いを馳せて日赤をご支援くださる方々の力と、ネパールの被災者の生きる力、この大きなふたつの力をつないでいくことこそが私たちの仕事であると、チャングバちゃんやナオキくんの笑顔が教えてくれます。

ネパール大地震の発生から4年。日赤が支援する事業もようやくゴールが見えてきました。これから、日赤が支援した14の診療所で何人の赤ちゃんが生まれ育っていくか、今からとても楽しみです。

<皆さまからのネパール地震復興支援へのご支援に、改めて感謝いたします。>

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