被虐待児に寄り添って 声を発せられない子どもを社会で救うために

最近、ニュースで取り上げられる児童虐待の事件は増加の一途に見えます。なぜ虐待事件は減らないのか、そもそも虐待をなくすことはできないのか。児童虐待への取り組みをチームで一丸となって行っている、前橋赤十字病院の小児科医師らに話を聞きました。

虐待の問題から親と子どもを救う、そんなミッションを胸に、前橋赤十字病院では「虐待CAPS委員会」というチームを組んで、虐待の予防、発見、再発防止に取り組んでいます。

同院小児科の溝口史剛医師は全国から講演の依頼が寄せられる児童虐待のエキスパート。虐待への対応として病院ができることについてこう語ります。「児童の身体上の外傷から虐待かどうかを断定することは、経験を積んだ医師でも難しい。家庭の中が安全かどうかというのは、外部からは見えません。医療の現場では『子どもの安全』に軸足を置いた対応をせざるを得ないのです。一方、児童虐待でいちばん死亡するケースが多いのが生後0日。ほとんどのケースは望まぬ妊娠など、孤立して誰にも相談することができない問題を抱えている妊婦さんの場合です。妊婦さんが検診などで来院さえしてくれれば、早い段階から向き合い、支援について話し合うことができ、虐待は未然に防ぎうるのです」。

では、チームで取り組むのはなぜか、小児科の松井敦部長が答えてくれました。「虐待を暴力によるケガとだけ捉えれば狭いですが、子どもが病院を受診するに至る問題は非常に広範囲です。救急外来に交通事故で夜中に親子が運ばれてくる。一歩踏み込んで、なぜこんな時間に小学生が事故に遭うのかを確認していくと、親の都合で居酒屋などに連れ回され、飲酒運転する大人の車に同乗させられて事故に遭っていたなんてことも。産婦人科で特定妊婦※とされた人たちの背景を聞いていくと、子どもの頃に虐待された経験を持っている人も多い。妊婦さんと接する医師や看護師が問題点に気づけるかどうか、虐待CAPS委員会へ情報をあげて院内で連携できるかなど、医療現場の気づきと対応が非常に大切なのです」。

また、医療ソーシャルワーカーの中井正江さんは「虐待する親が子ども時代に虐待を受けていたという虐待の連鎖を断ち切るため、妊婦期から関わりを持ち、地域や行政の福祉サービスなどへつなげていくことで、その人が安心して育児できるサポートが必要です」と述べました。

前橋赤十字病院では、年間400人ほどの妊婦のうち、3 割程度が特定妊婦に指定されています。全国的に見てこの割合は高く、そこには同院の虐待への取り組みの積極性が表れています。同院の挑戦はこれからも続きすが、社会全体での意識向上が求められています。

※特定妊婦とは――妊娠中や出産後にサポートが必要と認められた妊婦のことで、厚生労働省のガイドラインにあるいずれかの条件に該当する人。具体的には、経済的な自立が困難、望まない妊娠、妊婦検診を長期間受けていない人、家族や周囲のサポートが受けられない人、精神的疾患を持つ人などを指します。

虐待に関する指導を全国で行う、溝口医師からのアドバイス

「虐待の問題に苦しむ親子に対して一般の人ができることは、心配だと感じたら児童相談所などに通告することです。『様子を見ましょう』という無策は、地域の行うネグレクト(育児放棄)だと感じて欲しいのです。しかし、機械的に通告を行い、その後に知らんぷりを決め込んだり、通告がレッテル貼りになってしまう図式は、かえって親の孤立を深めることに。虐待通告は子どもが安全安心な環境で過ごせているかを確認し、心配な場合には公的な支援を提供する機会になるもの。迷ったら通告し、温かく見守りましょう」

虐待CAPS委員会とは?

CAPSとは(Child Abuse Prevention System)の略で、児童虐待防止組織を意味し、虐待の対応と予防の2つの役割を果たすための院内組織。対応する複数の部門が、それぞれ専門的な視点で、虐待かどうか、通告するかどうかなどを合議の上で判断し、病院としてのアクションを起こします。

虐待する親に必要なのは“罰”ではなく支援 ~未来の児童福祉司へメッセージ~

2019年6月、群馬県中央児童相談所にて実施された児童福祉司に任用される群馬県職員のための研修で、溝口医師によるレクチャーがありました。児童福祉司とは、児童相談所に勤務し、さまざまな問題を抱える子どもの保護や支援、保護者や学校からの相談にも応じるのが仕事です。今後、児童福祉司として虐待案件に向き合うことになる受講者に対し、溝口医師は次のように呼び掛けました。

「虐待を行う親の中で、自分の行為を認め、支援の提供に謝意を示す人は3割しかいません。残りの7割の、対応に困難を感じる親の根っこをたどっていくと、不幸な生い立ちが関係してSOSを出し難くなっていることが少なくありません。実際、虐待を行った親が、自身も虐待を受けてきたサバイバーであることはまれではないのです。小児科の医師や児童福祉司は虐待を行う親に懲戒的な感情を抱いてはなりません。「子どもに愛情を注ぎ、育児を頑張れる」、こういう親になることができない困難さにこそ着目すべきです。それを認識しつつ、しかし、子どもの安全に対しては決して妥協しないという信念を持って、共に頑張りましょう」

■虐待のシグナルを見逃さない!~レクチャーで解説される虐待事例~

溝口医師のレクチャーでは多くの虐待症例写真が紹介される。虐待対応は単なる傷・あざ探しではないが、少しでも具体的に学ぶことで、その気づきの感度は高くなる。典型的な虐待の傷として、上はベルトで”むち打ち” した痕(あと)。平行な直線状の外傷となる。下は火のついたたばこを押し付けた痕。偶発的についたやけどと異なり、真円のクレーター状になる。