[ WORLD NEWS ] レバノン、ベイルート爆発事故...日赤の支援を受けるハイファ病院の活躍

8月4日(現地時間)に突如発生した大規模爆発で、死者190人以上、負傷者は6500人以上に。 混乱を乗り切ったハイファ病院の病院長から、これまでの日赤の医療技術支援に対し謝意が伝えられました。

難民キャンプ内の小さな病院に、市民が詰めかける緊急事態

爆発事故後、レバノンのハイファ病院内

倉庫火災が大爆発を引き起こし、辺り一面が焼け野原となったベイルートの爆発事故。現地のパレスチナ難民キャンプ内にあるハイファ病院は爆発直後から負傷者を受け入れて治療にあたりました。そもそもこの病院は難民支援のための施設ですが、今回の事故では市街地で暮らす一般市民も詰めかけました。

 日赤は2018年4月からハイファ病院を含むパレスチナ赤新月社の3つの病院で医療技術支援を行っています。ところが今回の爆発は、レバノンに派遣された日赤の医療スタッフが新型コロナウイルス感染症の影響で帰国を余儀なくされ、ベイルートに日赤の医師・看護師が一人もいないというタイミングで発生しました。

災害現場で役立った日赤の技術支援

事故直後、応急処置ステーションで指揮をとるハリール院長(写真中央)

ハイファ病院で指導した経験を持つ大阪赤十字病院の山田圭吾医師は「私自身がその現場に居られないという、もどかしさを感じています」と無念さをにじませながら、次のように語ります。
「今回起きた爆発事故は多数傷病者事故(Mass Casualty Incident ; MCI)と呼ばれ、病院は通常業務の範囲では対応できないような多数の重症傷病者を受け入れなければならない状況になりました。限られたマンパワーと医療資源で最大限の患者さんを救命しなければならない特殊な状況が発生したのです」

 処置室が3部屋、病床が45床と規模が小さいハイファ病院。しかし、事故発生を受けて55人もの負傷者を受け入れました。
「レバノンの人々は団結意識が高い。実際の搬入患者さん以外にも、多くの家族や隣人らが病院に付き添ってきたことでしょう。興奮した人であふれ、混乱した院内の様子が想像できます。さらに現地の医療物資は本当に乏しく、通常の彼らの診療体制を考えると、この対応は相当に困難だったはず…」(山田医師)

 現地の様子を自身の目で確認することができないため、山田医師の心配は尽きませんが、一方でハイファ病院のハリール・モハウィーシュ院長は爆発事故の後に「日赤の医療チームが指導してくれたノウハウが大いに役立ちました」と謝意を表明。「現地の人々の立場に立って、本当に必要とされるサポートを」という日赤の医療支援が、この困難を乗り越える一助となること、そしてベイルートが一日でも早く復興することを願っています。

ハイファ病院で熱心に指導を行った山田圭吾医師(写真左/ 2018年8 月)

【世界で生かされる皆さまのご支援】レバノンにおいて医療技術支援を行った病院の患者数:3万5895人

日赤では、2018年 4 月からレバノンにあるパレスチナ赤新月社の医療支援を行っています。この支援は物資よりも医療技術に重点を置いた内容で、日赤の医療スタッフを同社の運営するハイファ病院、ハムシャリ病院、バルサム病院の3病院に派遣。医療技術の進歩が停滞してしまった現地の医師にさまざまな技術を伝えてきました。

 1948年の第一次中東戦争の折にパレスチナから逃げてきた人々は10万人。その数は増え続け、レバノンには人口の1 割弱にあたる45万人のパレスチナ難民が暮らしています。現地の医師の多くは、長引く内戦の中で独自の技術を実践していました。「カルテ」や「トリアージ」などを用いずに対処してきたため、それらの新しい手法に抵抗があるという課題もありました。しかし、これまでに16人の日赤医療スタッフが根気よく指導を行い、医療技術が向上。2019年度は年間3万5895人への診療に役立っています。

この記事は赤十字NEWS 2020年10月号の掲載内容をオンライン用に編集したものです。
赤十字NEWS紙版は下記からPDFでご覧いただけます。

PDF版を見る