~コロナ禍 心のクライシス~ よう生きててくれたなぁ。 新型コロナウイルス感染症の流行下で心理的な不安・負担が高まり、全国的に自殺者数の増加が報道されています。 強い「心配」や「不安」を抱え、たった一人で苦しみ、自ら命を絶とうとする人にどう寄り添えるか…。 自死を防ぐため、独自の活動を続ける日赤和歌山医療センターの精神科・東睦広医師にお話を伺いました。

日赤和歌山医療センター 精神科部長 東睦広(ひがし・むつひろ)医師

「ゲートキーパー(命の番人)」を増やすために

社会全体を覆う不安や、多くの人の中で高まる心理的負荷。精神科の東医師は、新型コロナウイルス感染症によって社会に広がっている風潮を心配しています。
「もともと不安を感じやすい人にとって、今の社会状況は相当きつく感じられるでしょう。自分も感染するかもしれない、感染して周りに迷惑を掛けたくない、そんなことを考え続けて、不安が大きくなって、押しつぶされそうに思えてくる。こういう人は、全国にたくさんいると思う」

東医師はこれまで数多くの「うつ病」患者と対話を重ねてきました。不安や無気力にさいなまれる「うつ病」を患い、さらに新型コロナウイルスのような大きなストレスで生活の維持が困難になると、自ら命を絶つことも選択せざるを得ない気持ちが出てきます(希死念慮(きしねんりょ))。先生は病院での治療とは別に、生きることに絶望し苦しんでいる人々のためにさまざまな活動を続けています。その1つが和歌山市にあるFM877(バナナ)(FM和歌山)で月~金曜に放送されている10分番組「こころの病を知ろう」のプロデュースです。その番組では、精神疾患の症状を理解し、その苦しみに共感できる人が増えること、そしてリスナーが近くにいる人のSOSに気付き、自死を防ぐ「ゲートキーパー(命の番人)」になってくれることを願って、10年以上も番組を続けています。

自殺を図って病院に搬送された患者と対面したとき、どんな気持ちで診察しますか、と聞いたところ東医師は、「ようココ(病院)に、生きてたどり着いてくれたなあ! ほんまにありがとう!…という気持ちですねえ。死なないでいてくれた、命があるうちに病院に来てくれた…ヨシッ、この人は助かるぞ! ってね」
 自殺を図り救命される人は、実はあまり多くないのです。だから医師や医療関係者にとっては、生きてさえいてくれたら、寄り添っていける “ チャンス ” なのだ、と。

体が回復した患者は、たとえ希死念慮が残っていても帰宅します。そのため、東医師は病院外でもNPOを立ち上げ、「ゲートキーパー」を養成する活動に取り組んでいます。少人数で始めた活動が、10年続ける中で他のNPO団体や行政機関と協力し合うことも増え、活動の輪も幅も広がってきた、とのこと。そしてゲートキーパーの支援を受けた人から「今になったら、あのとき助かってよかった」「自分の周りにも、やさしい人がおったんやなって気づけた」「しんどいときは、しんどいって言ったら、いいんだよって、何度も言うてくれたから」と、それぞれのゲートキーパーとの出会いを聞くたびに、東医師は「やっぱり必要な活動だ。続けていこう」と思いを新たにするそうです。

「人の苦しみを理解しようとして寄り添っていく姿勢は、ゲートキーパーになろうとする人も、赤十字の活動をする人も共通の思いがあるように感じます。だから、周囲には私の思いを理解して、そっと支えてくれている人が多いですね。感謝しています」(東医師)

「生きることがつらい人に、気づける人でありたい」

自殺未遂の患者が集中治療室(ICU)に入院しているときから、ICU医師(右・是枝大輔医師)、精神科医師(中央・東医師)、社会福祉士などが協議を行う。 「外科や内科で体は治せても、心は治せない。その領域は、東先生に判断を仰ぎます」と是枝医師は話します

東医師は、目に見えない心のダメージを軽く考えることに警鐘を鳴らします。
「うつ病は、脳の機能が低下したり、神経伝達に必要なカテコールアミンというたんぱく質のバランスがくずれるなど、健康な脳と決定的な違いがある。なのに、甘えたらあかんとうつ病の人を責める風潮がある。脳が正しく働かなくなる病気なんだ、と多くの人に理解してほしい」

ほとんどの場合、初期段階では本人ですら自分に起きている「異変」に気づけません。だからこそ、「うつ病」などの精神疾患の可能性があることに周りが気づき、話を聞こうとする姿勢が重要です。不眠や食欲不振などの身体症状に苦しみ、精神疾患の治療を受けずに悪化させるケースも多いとのこと。東医師は、精神科医一人の力では、決して命を助けることはできない…、と前置きし、「死しか自分を楽にできない、と思い込んでいる人も、できれば生きていたいんや。そういう人の発せられない声をキャッチするゲートキーパーが、病院の中だけでなくいろんな場所や職業の中にいてくれたら、みんなが生きていたいと思える社会が形成されていく」

東医師が立ち上げたNPOでは、オンラインでの「ゲートキーパー」養成講座も行っていくとのこと。NPOのメンバーの中には、自殺未遂をした後、苦しんだからこそ孤独や痛みがわかる、と自らゲートキーパーになって活動する人も。病院の中でも外でも、東医師の熱い思いは広がっています。

「ゲートキーパーの種をまく、先生とのラジオ番組」

FM877のスタジオで「こころの病を知ろう」の収録を行う東医師と宇和さん(右)

FM877(バナナ)(FM和歌山)で東医師との番組を10年以上続けているラジオパーソナリティーの宇和千夏さん。東医師のゲートキーパー養成講座を受講し、実際に苦悩を抱える方の相談に乗ったときのことを振り返ります。

「ゲートキーパーは聞き役に徹してアドバイスをしない。自分の考えを押し付けることになるので。だから最初は、本当にこの人の助けになっているのかな、って心配になって。でも、悩みに気づいて話を聞くだけでもその人の力になると信じて相談に乗ります。“どうしたらこの苦しみから解放されるの?”…そう悩む人には『私も正解は分からないけれど、一緒に考えるよ』と寄り添います。これは東先生に教わった言葉です。

FM877で複数の番組を担当していますが、コロナ禍で外出自粛が続いていたとき、自宅に機材を持ち込んで生放送を続けました。いつもの時間に、いつもと同じ声を届けたかったから。リスナーからは『家を出られず苦しかったけれど、生放送で声が聴けて元気をもらった』という感想が。やっぱり人って苦しいときに孤独になっちゃダメですよね。東先生は、ラジオで心の病への理解を浸透させてゲートキーパーを育てようとしていますが、こんなときだからこそ、声で寄り添えるラジオを続けるのは正解なんだ、って思います」

FM877で放送される東医師と宇和さんの番組
「こころの病を知ろう」はインターネットラジオでも聴けます。(月水金は21:24~、火木は16:24~)

● 厚生労働省も「ゲートキーパー」の育成を推奨
自死を減らす取り組みとして「ゲートキーパー」研修用テキストやガイドブックを公開しています。詳しくはこちら

■精神科との連携 ~“産後うつ”に向き合う産婦人科医師の言葉~

日赤和歌山医療センター 産婦人科副部長 横山玲子 医師

【コロナ禍の「産後うつ」。 孤立させず、周りが支えていければ 】

  日赤和歌山医療センター 産婦人科副部長 横山玲子

コロナ禍で「マタニティーブルー」を悪化させる人が増えている印象はあります。
 出産後に「マタニティーブルー」になる人は全体の10%くらい。出産後は急激なホルモンバランスの変化、環境の変化などにより誰にでも起こり得ますが、最近は出産前から「マタニティーブルー」になる人も増えてきたように感じます。以前は両親学級、マタニティーヨガなどが開催され、ママ友に相談したり、助産師に悩みを話すなどの機会もありました。それが今は、ほとんど全て中止。さらに出産の立ち会い制限や入院中も家族との面会が制限されていますから、一人で不安をつのらせ、そのまま退院後に症状が進行するケースも。

「マタニティーブルー」は一時的で、長くても 2 カ月くらいで回復しますが、症状が長引くと「産後うつ」という精神疾患に。これは、周囲から手助けしてもらえないなどの環境も悪化の一因です。コロナ禍で身内や友人からの支援が受けられず孤立している人は、注意が必要な状況といえます。

当産婦人科では産後に注意が必要な人の情報を保健所や小児科に引き継ぎ、乳幼児の検診や予防接種時の様子を共有して、できる限りのサポートを心がけます。そこで症状があれば臨床心理士や精神科に引き継ぐことも。新型コロナの不安が続く中、オンライン相談など新しい妊産婦のケアを模索していく必要性を感じています。

■精神科との連携 ~“自殺未遂”に向き合う救急外来医師の言葉〜

日赤和歌山医療センター 第一救急科部長 浜崎俊明 医師

【どうしたら病院に来る前に救えるか?「治療」は院外で始まっている】

日赤和歌山医療センター 第一救急科部長 浜崎俊明

コロナ禍で自殺者が増えてきたという報道もありますが、当院の救急外来ではあまり感じていません。地方は、一人暮らしよりも家族で暮らされている人が多く、近所に血縁者がいるなど、コロナ禍でも孤独になりにくい。都会に比べると周りと距離が近く援助を求めやすいのかもれません。大都市だと、人は多いけれど関係性が希薄になりがちです。孤立・孤独が続けば、強い不安や心理的ダメージから立ち直ることができず、精神疾患の引き金になってしまうこともあるでしょう。

当院の救急外来に自死関連で運び込まれる人は多くありませんが、助かっても、まだ「死にたい」と言う人がいます。そういう患者さんを精神科の東先生に診ていただいたり、社会福祉士に相談したりしています。救急で処置が終わっても、その人の心の苦しみまで治せるわけではない。その人が生きていくための治療は、そこから始まります。

どんな病気でも、悪くなる前に手を打つのが最善の対策だと考え、私は、ある政令都市での医療施策に携わったことがあります。自死を考えるほど病気が進行して病院に運び込まれる前に、本人も周囲も変調に気づき、助けていく。そのためには、保健所など行政機関との連携も重要です。病院の外にいる人とつながり、支えていく、という東先生の活動を見ていると、理念は同じだと感じます。