【防災・減災特集】 「助かる力」とは何か 激甚災害は、今後も必ず発生します。発生した瞬間に命を守るのは自分自身(自助)であり、生き延びるために周りと助け合う力(共助)が必要です。日赤はこの自助・共助の力を高める防災教育プログラムとして「まもるいのち ひろめるぼうさい(青少年向け)」「赤十字防災セミナー」を開発、全国に展開しています。これらのプログラムには、開発の裏に担当者たちの強い思いと、単なる「防災のノウハウ教育」に終わらせないための方策が…。そしてそれこそが、「助かる力」として最も大切なものでした。

故郷の岩手県大槌町に先遣隊として到着した日赤職員、佐藤知和。無線機で報告中、あまりの惨状に嗚咽(おえつ)が止まらず、通話を中断…。この災害で佐藤自身が親族や友人を亡くし、その後、防災啓発事業に心血を注いだ

「あの日、故郷は津波にのまれ、跡形もなく焼きつくされた」

【開発STORY: 青少年赤十字防災教育プログラム「まもるいのち ひろめるぼうさい」】

開発担当者:日本赤十字社 青少年・ボランティア課 青少年係長(当時) 佐藤知和

3月14日の昼過ぎ。出身地である岩手県大槌町に立った私は眼前に広がる光景に言葉を失いました。津波で跡形もなく破壊され、その後続けて起こった火災で焼き尽くされた町。胸がつまり、無線で連絡をとっていた救護班との会話が途切れました。2日前の3月12日から日赤本社の先遣隊として被災地を回り、悲惨な光景を見続け、覚悟はしていたけれど…。自分の位置から100メートルほど離れた場所で燃え続けているのは友人の家です。発災から4日目の被災地にはまだ多くのご遺体が残されたままで、目と鼻の先で自衛隊員がご遺体を回収している姿と、そこに漂う匂いが、災害という現実に私を引き戻しました。
 仕事などで大槌町にいなかった母と弟は奇跡的に無事でしたが、祖母は助かりませんでした。親戚や知人、友人の多くが犠牲になりました。被災地で出会った方々の多くは、「こんな大きな災害では、仕方がない」と言います。災害に命を奪われても仕方がない…、それは生き残った者が生き続けるために自分に言い聞かせるための言葉だったのでしょうが、私の胸にはその言葉が残りました。
 それから数カ月して、児童教員ら84人が津波の犠牲になった石巻市立大川小学校を訪れました。そこに残された、数多くのランドセルを目にしたとき、ふと中学時代を思い出しました。授業中に地震が起こり、全員で避難をする中、ふざけている生徒がいて先生が叱りました。「真剣に避難しないで、何をやってる!」。…災害から命を救うのは、まずは“教育”ではないのか。私は、泥にまみれたランドセルを見つめながら、確信しました。

「死んでも仕方ない」人なんていない。 いのちの大切さを学ぶ防災教育を!

2014年12月、テスト授業を行った福岡県の小学生たちと佐藤知和(後列右から2人目)

既に世の中には数多くの防災教材がありました。しかし、学校の第一線で奮闘する先生方から直接お話を伺うと、実際の授業では活用しづらくて、“ 校長室の棚に飾られるだけ” の教材も多い、という現実を知りました。
 教材開発には、青少年赤十字の心から尊敬する指導者の先生方に協力を依頼しました。さらに、貴重な知見を有する気象庁、文部科学省、監修者である東京学芸大学の渡邉正樹教授らとプログラムの検討を重ねました。
 先生が求める防災教材は、もし災害が起こったら、どんな危険が迫っていて、どうすれば危険を回避できるか、児童生徒が自ら判断できるようになるもの。当然、授業やホームルームで活用しやすいことも重要です。まず、短い時間でも指導することができるように構成を細かく区切りました。そして、実際にあった災害の動画素材を数多く取り入れました。また、多忙な先生が手間をかけずに使え、必要に応じて内容も変更できるように、「ワード」や「一太郎」など複数のデータ形式で提供するという工夫もしました。
 2014年、これまでにない防災教材が完成しつつある、そんな自信を持って全国横断のテスト授業を開始。北海道から沖縄まで青少年赤十字(JRC)の加盟校やJRCのトレーニングセンターで授業を行う中で、ある生徒の言葉に衝撃を受けます。「災害で死んじゃうのは仕方ないと思う」。…ああ、これではダメだ、と愕然としました。仕方ないと思うこと、そこから変えていかなければ、助かる命も助けられない。教材内容を一から見直し、「いのちの大切さ」を学べる、道徳の授業でも使える防災教材を目指しました。こうして青少年赤十字防災教育プログラム「まもるいのち ひろめるぼうさい」が完成。文科省の推薦もいただき、全国の学校に配付されました。この教材には多くの方の願いが込められています。災害動画の権利者が不明で、手を尽くして動画を入手してくれた日赤関係者。全てのマスコミの取材を断っていたのに児童の体験手記の掲載を認めてくれた親御さん。この教材で学んだ子どもたちが、将来必ず起こる大規模災害で、命を守れるように。それが、制作に携わった皆の願いです。

【災害が起こる前から命を救う】
「まもるいのち ひろめるぼうさい」は日赤のホームページからお読みいただけます。命の大切さに気づいてもらう教材として周りの人の気持ちに気づくワークショップや被災した児童たちの体験が書かれた作文なども多数収録されています。
http://nisseki-jrc-bousai.com

【佐藤知和の教材完成までの動き】
2011年
  3月11日 東日本大震災発生
  3月12日 先遣隊として被災現場に入り、救護計画の立案等に従事(10日間)
  3月28日 特命専従班として日赤生活家電寄贈事業をスタート
2012年
  7月 東日本大震災復興支援の教育事業 (サマーキャンプinクロスビレッジなど)を企画
  10月 防災教育プログラムの検討スタート大川小学校を訪問(2回目)、誓いを立てる
2013年
  4月 青少年赤十字指導者(教諭)、気象庁、文部科学省、監修者らとプログラム検討
2014年
  3月17日 気象庁と日赤において「防災教育の普及等の協力に関する協定」を締結
        北海道から沖縄までプログラムのテスト授業実施
2015年
  1月10日 『まもるいのち ひろめるぼうさい』が完成
  7月10日 同教材が「第9回キッズデザイン賞」 を受賞
   ※文部科学省より防災教育プログラムの推進に係る通知文書が全国の教育委員会あて発出される

「全国から救護班を次々と投入。しかし…すでに多くの命が、失われた後だった」

「赤十字防災セミナー」の完成前、試験的に実施された模擬セミナーで司会進行を行った白土直樹(写真右上)

【開発STORY:地域における自助・共助の力を高める「赤十字防災セミナー」】

開発担当者:日本赤十字社 救護・福祉部次長(当時) 白土直樹

東日本大震災は日赤にとって大きな転換点となりました。発災直後から半年間、約900班の医療チームを被災地に派遣し、災害対応としては史上最大級のオペレーションを展開。しかし、死者の9割が発災と同時に津波で亡くなり、駆け付けたときには多くの命が奪われた後だったのです。このことで私たちは活動のあり方を根本から見直す必要に迫られました。
 そして誕生したのが「赤十字防災セミナー」です。災害発生の前に救える命を救う。そのための知識と技術を盛り込み、なおかつ一人では限界があるため地域ぐるみで助け合えるようにと、4つのカリキュラムを用意しました。
 このセミナーは防災知識を向上させるだけでなく、地域の共助力を高める「きっかけ」にしてもらうものです。普段コミュニティで発言しない人も、自分ゴトとしてどんどん発言し、地域防災に主体的に参加する、そうなるように導くコミュニケーションの手法を取り入れています。これこそが赤十字防災セミナーの神髄。地域の一人一人が「気づき」、地域の弱点や課題を補う柱となり、災害弱者を力を合わせて守るなど、地域がよりやさしい共同体に生まれ変わっていくお手伝いをします。

実際にセミナーに使用する小冊子のPDFデータが日赤ホームページからダウンロードできます。
http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/seminar/