感染症専門医が見た 「COVID-19」 新型コロナウイルス感染症の国内発生早期から、感染拡大期、蔓延(まんえん)期を通じて
“過酷な現場も厭(いと)わない。国際医療救援に参加し、世界の苦しむ人々を救いたい”
そんな思いを抱いて世界中にネットワークを持つ赤十字病院の門を叩く医師・看護師は少なくない。
日赤和歌山医療センターの古宮伸洋医師も、そのうちの一人。
感染症専門医として、国際医療救援を数多く経験してきた古宮医師に、新型コロナウイルス(COVID-19)と、この半年の動向を語ってもらった。
「巧妙なウイルスだ。こんなウイルスは他に思いつかない。重症な肺炎を起こす病原体という側面を持ちながら、ただの風邪のような症状だったり、人によっては無症状で、警戒へのハードルが下がる。このウイルスは、感染の広がりやすさに長(た)けている。エボラ出血熱は、感染初期はインフルエンザのような症状だが、数日後に重篤な症状が出るので感染を見落とす確率は低い。SARS、MERSは症状がひどくなってから他者へ感染するので対策が取りやすい。一方、新型コロナウイルスは軽微な風邪症状や、無症状の状態でも感染する。陽性者本人が気づかないうちに周囲を感染させるということも起こる。これが感染防止の対策を難しくさせている。今、医療機関は無症状の感染者から感染が広がるリスクと、日々、対峙(たいじ)している。」
感染者が多発している大型クルーズ船への派遣。 そして武漢からチャーター機で帰国した人びとに対しても…
「新型コロナウイルスに注目するようになったのは今年の正月。年末あたりから中国で原因不明の肺炎が発生していると知り、『原因不明といっても、後から病名が判明するのはよくあること』くらいに考えていた。状況が変わってきたのは1月半ば。患者がどんどん増えていると。これは世界的な脅威になる。自分の中でスイッチが入った。
1月16日に日本国内で最初の感染者の発表があった。日本と中国でこれだけ人と物の行き来があるのだから、当然来るだろう、と驚くことはなかった。日赤和歌山医療センターでは平岡院長も同じ考えだったので、動きは速かった。院長主導で院内に対策本部が設置され、感染防護具の補充、院内マニュアルの策定、各診療科・部門の体制見直しと強化、これらのことを1月下旬には完了し、1月30日には県内の医療従事者・医療行政担当者に呼び掛け『新型コロナウイルス感染症勉強会』を開催、500人以上が参加した。いつ来るかわからない感染拡大に備えた当院の対応は、全国的に見ても異例のスピードで実施されたと言える。
2月12日から、横浜港に入港した大型クルーズ船、そして18日に武漢からの帰国者の一時滞在施設へ、日赤医療救護班(以下、救護班)の感染症アドバイザーとして参加。救護班として災害現場に派遣された経験は豊富でも、感染症が流行している大型クルーズ船という閉鎖空間に派遣されるのは、どの救護班も初めての体験だ。感染防護の準備はどうするか、から始まり、任務を終えた後どのように病院に戻るかまで、考え得る限りの感染管理のアドバイスを行った。結果、日赤職員の派遣者数延べ255人から一人も感染者が出なかったのは、救護班要員一人一人が感染対策で守るべきことをしっかりやったから。感染症のさまざまな現場を経験している自分でさえ怖いと感じた船内での活動終了後、残念なことに、各地で心無い言葉を投げ掛けられた人もいたようだが、胸を張ってほしい。」
これからの「with コロナ」
「無症状の感染者によって院内にウイルスが入り込むのは防げない。また、入り込むやいなや100%拾い上げることも不可能だ。最初の一人から院内感染になることはどこの病院にも起こり得ることで、当院でそれが起きなかったのは、早くからの対策と『ラッキー』が重なったのだ。
いま医療機関では、いかに早く兆候をつかみ、広がりを抑える対策をとるかが重要になっている。また、医療従事者は業務中の3密を避け、業務外も外出・移動の自粛を含む行動変容も求められた。このような状況下で、海外での医療救援の経験を持つ者が多い赤十字の医療機関は、国内では珍しい存在だと思う。感染症に対してどのように備えていくか、どのようなポイントに気をつけて対応するのか、海外の医療資源の限られた状況の中で対応した経験と知識が役に立っている。
これからインフルエンザウイルスの流行と新型コロナウイルスの第二波が重なるのでは、などの懸念もあるだろう。インフルエンザウイルスは子どもから感染が拡大する。新型コロナウイルスは大人から感染が拡大し、高齢者に大きく影響する。このように注意を向けるべき集団は異なるが、感染の広がりを防ぐには、基本は同じ対策が有効だ。3密にならず、ソーシャルディスタンスを保ち、しっかり手洗いをすること。
新型コロナウイルスの感染をゼロにすることは難しい。でも広がりの効率を低下させる、最小限に抑えることはできる。感染者を最小限にする社会全体の取り組みで、この危機を乗り越えていければ、と考える。」
【古宮医師が派遣された、国際医療救援の事例】
●エボラ出血熱/2014
エボラ出血熱が流行したリベリアにWHOから派遣された古宮医師(右)。現地で友人になった医師はその後エボラで亡くなった。
●コレラ/2017・2019
2017年にコレラが大流行したソマリアでの経験を買われ、2019年、同じアフリカ東海岸のモザンビークで発生したコレラの流行地に派遣され、診療などを行った。
●避難民キャンプ/2018
「今夜1万人が川を渡るから備えて」。バングラデシュ南部避難民キャンプに押し寄せる人々を診療。ジフテリアが流行し、現地医師へアドバイスを行う。(右が古宮医師)