「令和2年7月豪雨災害」の爪痕 令和 2 年7月初旬、西日本から東日本にかけて広い範囲で猛烈な雨が襲いました。 記録的な浸水深となった熊本県・球磨川の氾濫被害地域には、目を疑う光景が。 新型コロナウイルス感染症への不安を抱える中での自然災害発生が、現実のものとなりました。
新型コロナウイルス禍の被災地支援
今回の救護活動は、感染予防策に細心の注意を払って実施しています。日赤救護班は熊本県の球磨川の氾濫により甚大な被害のあった人吉市を中心に、7 月 4 日から活動を開始(熊本、福岡、佐賀、長崎、大分、沖縄、山口、広島、香川、徳島、宮崎の各県より 34 班派遣/ 8 月 3 日で終了)。新型コロナウイルス感染症対策として全要員がサージカルマスクを着用、一人1つずつ消毒薬を携行してその都度手指を消毒し、使用する資機材や移動車もこまめに消毒。また被災地ではマスク・ビニール手袋・ウェットティッシュなど感染予防に有効な衛生用品を含んだ緊急セットの要望が高まったことから日本赤十字社の備蓄品を配布しました。
被災地の声 (熊本県)
家から持って出られたのは、妻の遺影1つだけ
「あまりに急だったので、家からは妻の遺影だけ持って避難しました。妻は昨年7月に亡くなり、もうすぐ一周忌で集まろうと予定していたのに、こんなことになるなんて…。 日赤のお医者さんが来てくださったので、診察していただきました。助かりました。ありがたいです」
水害に備えて土台を高くしていたのに
「水害が多い場所だから、10年前に家を建てたとき 50 センチも土台を上げたのに水が入ってきた。71 年人吉に住んでいて、こんなひどい水害は初めて。一人暮らしなので自分で泥をかき出し、畳を出して水で洗って、と片付けをしていました。そうしたら長靴の中に泥水が入りこみ、いつの間にか足に擦り傷もできていて、足が真っ赤に腫れちゃって。お医者さんに診ていただけて安心しました」
不安だったけれど、今夜は安心して眠れそうです
「水がいきなり来ました。どんどん水かさが増して、もう助からないと思って、紙に、みなさんもう最後ですと書いたの。でも何とか命は助かりました。今日は足がキリキリ痛かった。不安だったけれど、お医者の先生に診てもらえてよかった。今夜は安心して眠れそうです」