コロナ禍の「絶望」に向き合う力を コロナ禍で大切な人や仕事を失った…世界中にあふれる悲しみや苦しみにどう向き合うか。 今回は、人々の心の健康を支援する、海外赤十字社の活動をご紹介します。

2020年の世界自殺予防デーにキャンペーンを行うケニア赤十字社のスタッフとボランティアたち/©ケニア赤十字社

麻薬や犯罪に手を染める若者に寄り添い 彼らの不安や恐れを和らげる

 各国の赤十字・赤新月社は、COVID-19まん延初期の2020年初頭から人々のメンタルヘルスへの影響に注目し、これまでに870万人(*)以上の人々に支援を提供してきました。地域に根差した赤十字だからできる、人々の悩みや苦しみに寄り添い、コロナに立ち向かう力を育む活動が各地で展開されています。


 ケニア赤十字社の活動もその一つです。コロナ禍におけるメンタルヘルス活動を政府から委任された同社は、若いボランティアを中心に、特にスラム地域における若者に対するメンタルヘルス支援活動を展開しています。スラムに住む若者のほとんどは定職がなく、非正規労働者として働いていましたが、コロナ禍で失業し、麻薬に溺れたり、犯罪に手を染めたりしてしまうケースが続発しました。赤十字ボランティアは、世界自殺予防デーに啓発活動を行ったり、COVID-19に関する誤った情報や迷信に惑わされないよう呼び掛けたり、スラムに住む若者たちと積極的にコミュニケーションを取り、不安や恐れを和らげられるように寄り添う活動を展開しました。
(*2021年3月時点)

「尊厳ある埋葬」活動と遺族への支援

COVID-19で亡くなった方の家屋を消毒するニジェールの赤十字ボランティア/©ニジェール赤十字社

 COVID-19で家族を失うことは、感染予防の観点から遺体への接触が制限されるなど、通常の死別とは異なる状況をもたらしています。このため、遺体の埋葬、またその遺族の気持ちに寄り添う支援も大切です。


 ニジェール赤十字社は初期の段階からこの重要性に気づき、保健省と連携して「安全で尊厳ある埋葬(“Safe Dignified Burials”の頭文字をとって“SDB”)」のためのボランティアチームを結成しました。このチームはCOVID-19で亡くなった方の特別な埋葬方法だけではなく、遺族に接する際に必要となる心理社会的支援の研修も受けています。
 ニジェール国民の多くが信仰するイスラム教において、本来ならば遺体はコーランの定めにのっとって洗い清められ、清潔な白い綿の布で全身を包まれ、家族を含めたイスラム信者のグループ単位で土葬が行われます。イスラム教の考えでは、死は生の終焉(しゅうえん)ではなく、復活の時を待つものとされ、火葬が許されていません。しかし、COVID-19で亡くなった方は、感染予防の観点から信仰に基づく葬儀の大半が許されず、遺体は清められることなく袋に入れられ、消毒薬を散布した上で土葬されます。
 信仰心のあつい人々にとって、これほどつらい別れは他にありません。こうした事態を受け、訓練を受けたニジェール赤十字のSDBボランティアが最期の時を共に過ごせない遺族の悲しみに寄り添い、可能な限りでの尊厳ある埋葬を支援するほか、COVID-19に伴う差別・偏見に由来する不安など、遺族のさまざまな感情を受け止め、人々に寄り添う活動を展開しています。これにはボランティアによる遺族の家屋の消毒も含まれ、物心両面から人々の安全・安心を取り戻すための活動を行っています。


 COVID-19の感染予防のための「ソーシャルディスタンス」は常識となりました。しかし、感染予防の意味での正しい表現は「フィジカルディスタンス(身体の物理的な距離をとること)」であり、それとは反対に人々のこころの健康のためには「ディスタンス」ではなく「寄り添うこと」が欠かせません。赤十字はこれからも人々のメンタルヘルスのサポートにも努めていきます。