ひとりで苦しまないで 性暴力被害から24時間365日 救い続ける「日赤なごや なごみ」の活動
「あなたの望まない性的な行為は性暴力です。 ひとりで悩まずお電話してください」
日赤愛知医療センター 名古屋第二病院内にある「性暴力救援センター 日赤なごや なごみ」は、強制性交や強制わいせつ、DVなどの被害者を支援する活動を続けています。従事しているのは日赤の医師、看護師、ソーシャルワーカー、外部の支援員(アドボケーター)など。司法や行政とも連携して、被害直後には治療や緊急避妊、証拠の採取を行い、時間が経過してPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した方には専門家が“こころのケア”を行います。
今年3月、コロナ禍でDV被害相談が過去最高になったという政府発表がありました。なごみスタッフが懸念しているのは、家の中で起きる性暴力被害や若年層被害の増加です。性暴力救援の最前線で支援を続ける、現場職員の声をご紹介します。
CASE_01_娘さんが被害に遭われたAさんの場合*
逃げられない「家の中」で起こる性被害。1日でも早く、苦しみから解放されるように・・・
娘さんの被害によってAさん自身も眠れなくなるほど追い詰められていました。このように親にもPTSD症状が表れるケースはとても多いのです。Aさんは精神看護の専門家による“こころのケア”を受けながら弁護士に相談を始めました。
2016年のなごみ開設以来、来所者693人のデータでは、性暴力加害者の4分の1が親族です。18歳未満の被害者を抽出すると、親族の中でも父親からの被害が32人(実父21人、義父11人)となっています。中には社会的に信頼されている立場の親が「子どもには虚言癖がある」と言うため、警察や児童相談所が児童本人の被害申告を本気にせず、家に戻されたケースも。なごみは病院が拠点になっているので、医療の専門家がチームで被害者の身体と心をケアすることができます。しっかりと証拠を押さえて、その子を困難な環境から救いだし、心の傷を癒やして自らの人生を歩めるように支援します。
Aさんのように、夜間や深夜に電話を掛けてくる方は新規相談者の60%を占め、多くは、被害に遭った直後ではなく、時間がたっても苦しみが消えず、眠れなくなっている方たちです。もちろん、悩みや苦しみの深さに昼も夜も差はありません。昼間はアドボケーターが電話を受け、夜間はSANE(セイン/性暴力被害者支援看護師)が対応しますが、スタッフ全員が心掛けているのは、どうしたらその方の心に寄り添えるか。具体的な支援を始めるには、なごみに来てもらう必要があるので、自分の価値観を押し付けず、まずは誠意を持って傾聴します。被害者が深い心の傷を負いながら一人で警察や行政などを回るのは困難です。なごみに相談してくれれば、一緒にそこを突破できる。なごみには協力してくれる警察・弁護士・福祉の専門家がいます。昨年から、コロナ禍で外出を制限されたり、加害者と家に居る時間が長くなったりする中で、被害を相談しにくい状況もあるのではないかと心配しているのですが、一日も早く、そして一人でも多く、SOSの声を上げられずに苦しんでいる被害者を救いたいです。 (語り・医療ソーシャルワーカー 坂本理恵さん)
(左)なごみの鍵の掛かる棚には、被害者の相談記録がぎっしりと並ぶ
(右)来所の決心がつかない方が数十日ぶりに電話してくることも。過去の記録を探し出して相談に応じる
CASE_02_大学の先輩から性暴力を受けたBさんの場合*
「被害者にも落ち度があった」という周りの偏見。どんな状況でも、悪いのは完全に加害者
Bさんは緊急保護が必要な状態だったので本人に許可をもらって警察に連絡しましたが、なごみには警察から紹介された方もよく来られます(全体の相談件数の24%)。ただ、警察に相談しても実際に刑事事件として訴えるかというと、「家族に知られたくない」などの理由で訴えない方が多いですね。なごみのスタッフとよく話すのは、泥棒に入られた被害者は責められることがないのに、性被害に遭うと身近な人ほど被害者を責めるよね、ということ。「どうしてそんな場所に行った」「お前も悪い」「隙があったんじゃないか」と。さらに本人も「自分も悪いところがあった」と自己否定してしまう。人はそういう状況に置かれると、例えばそれが男性の被害者であっても、逃げられないし抵抗できなくなることがほとんどなのですが、誰もが「本気を出せば何とかなったはず」と思い込んでいる。 被害者にPTSDを起こさせる原因の1つが周囲の心ない言葉です。そして性被害のPTSDに苦しむ方の治療の第一歩は、被害者本人が「どんな状況でも加害した者が悪い。自分は悪くない」と理解するところから始まります。
私は、SANEの資格を取得してなごみに参加する以前、管理看護師長として患者さんと接している時、患者さんの様子に違和感を抱いてモヤモヤすることがありました。これはDV被害ではないか、性暴力被害ではないか、そう感じても本人が言い出さない限り、プライベートな部分には踏み込めず…。でも今はかつてのようなモヤモヤはありません。来所した方の身体と心を最初に診るのはSANEの役目です。根気よく、その苦しみに寄り添い、言葉にできない「思い」を考えます。そして、その方と力を合わせて、よりよい解決を手に入れるお手伝いをしたいと思っています。(語り・SANE 熊澤マサ子さん)
(写真)司法と連携するため、検体採取容器を警察から預かっている。証拠として、被害者の膣内の内容物や尿・血液(薬を飲まされて被害に遭った場合)を採取し、鍵のかかる冷蔵庫・冷凍庫で一時保管する。
まさか、と思った小児の性被害。地味で、表には出ないけれど、 救い続けている事実は尊い
これまで、なごみで受け入れた性被害の患者さんの診察、証拠となる検体の採取など、ほとんどの患者さんに関わってきました。私の診察結果が、司法の場で加害者の罪の重さに関わってくるので責任は重大。被害者は、被害直後に多くを語ることはないので、傷や跡に見落としはないか、より注意深く診察します。
なごみが創設されるとき、なごみの初代センター長が何度も私のもとを訪れて、なごみの必要性を説いていかれました。しかし、当初は「総合周産期母子医療センター」として24時間体制で救急搬送される母体や赤ちゃんの命を救う使命があるのに、その上さらに性暴力被害の受け入れも行うのは無理がある、と感じていました。今、その考えは根底から変わりました。なごみがスタートして驚いたのは、小中学生、さらには未就学児の幼児まで、子どもの性暴力被害があまりに多いということ。産婦人科医が、小児を診療するなんて…。ショックでしたが、これまで経験してこなかった小児の診療に慣れるため、個人で研修に参加するなどして頭を切り替えました。
なごみのような受け入れ施設ができて初めて、慢性的な子どもたちの被害の実態が表に出てきたと感じています。児童相談所などは被害を聞かされても証明してあげることができず、困っていたことでしょう。医療施設でワンストップの支援ができる、その意義は大きいですね。赤十字として「大きな災害救援に向かう」といった目立った活動ではなく、むしろ地味で秘められた業務ですが、絶え間なく救い続けているこの「なごみ」は、とても赤十字らしい活動だと思います。 (語り・産婦人科医師 加藤紀子さん)
■支援員が語る「打ち明ける勇気」
支援員(アドボケーター)
岡田尚子さん
「なごみには開設当初から参加しています。性暴力被害者支援の研修を受け、電話対応を行う支援員(アドボケーター)をしていますが、電話は対面よりもその人を近くに感じるので、電話を掛けてくるだけでも相当なエネルギーが必要なのだと分かります。とても苦しんでいて、でも他の人に相談できず、勇気を振り絞って電話してくる。コロナ禍で気になるのは、私が対応したケースでは10代の若い子の相談が増えていること。家に居られなくて、SNSで知り合った人と外で会う子が多い。加害者は、家に居場所がないという事情につけこんでいるのだと思います」
■精神看護の専門家が語る「性被害のPTSD」
日本福祉大学教授 精神看護専門
看護師 長江美代子さん
「私は大学で精神看護学の指導をしていますが、週に1回、なごみで被害者の“こころのケア”、特にトラウマ及びPTSDのケアを行っています。性暴力を受けた方のPTSD発症率は6~7割。睡眠障害、食欲不振などから始まって、外出ができなくなったり、記憶障害が起こるなどして社会生活が営めなくなる。学校や会社をやめてしまう人も多いのです。たった1回でも性暴力はその人の人生を壊します」