希望の最期を考える 後悔しない、させない終活
静岡県の伊豆赤十字病院に併設された看護小規模多機能型居宅介護事業所・レクロス小立野(こだちの)は、通い・泊まり・訪問介護・訪問看護の4つのサービスを複合的に行う施設。施設利用者が希望通りの“最期”を迎えられるように、伊豆赤十字病院が作成に協力した伊豆市の終活ツール「もしもシート」を活用しています。理想の終活に向き合うレクロス小立野の利用者とその家族、職員の声をご紹介します。
「我が家で最期を迎えたい」
父の希望をかなえられて
最高の看取(みと)りができた
同じ敷地内に4世代の家族で暮らしていた94歳の下村才一郎さんは、今年9月26日に住み慣れた自宅で眠るように息を引き取りました。
耳は遠くなっていたものの、体は元気だった才一郎さんが体調を崩したのは5月下旬のこと。病院で肺水腫と診断され、そのまま入院となりました。
「昭和1桁生まれの父親は病院が大嫌い。一刻も早く自宅に帰りたがったため、病院側が退院後の看護サポートとしてレクロス小立野とつないでくれました。その際に、最期を過ごす場所や治療方針の希望、亡くなった後の対応などを事前にまとめる『もしもシート』の記入を勧められたのです」(長男・政信さん)
レクロス小立野では下村さんの在宅での看取り支援も行いました。
「父は実の父親も自宅で看取った経験があり、自分もやはり『最期は住み慣れた自宅で』という思いがありました。私もその希望をかなえてあげたいと思っていました。しかし『もしも』のとき、家族としては判断に迷う選択もあります。父の意思をまっとうさせてあげるためには、『口頭ではなく文書で残す』ことがとても大切だと考えました。自分も息子たちへ口頭では伝えているけれど、これから書いておこうと思っています」
レクロスに通所していた才一郎さんが、起き上がれなくなったのは9月上旬。主治医からは「あと1カ月ほど」と診断されましたが、「もしもシート」に沿って積極的な医療はせず、自宅で過ごすことを選択しました。
「レクロスもすぐさま通所から訪問看護に切り替えてくれ、『何かあったら24時間いつでも電話を』と申し出てくれたのには驚きました。亡くなる前の1週間は、子どもや孫、ひ孫が代わる代わる自宅を訪れて、父も満足そうでした。このコロナ禍に入院していたら、こんな時間は過ごせなかったでしょう。亡くなった当日は看護師さんが早朝から3度も来てくれたんですよ。その日の昼、2度目の訪問で体を拭いてもらい、父は気持ちよさそうにスヤスヤと眠って、姉も私も大丈夫だろうと、自宅で食事を済ませ戻ってきたら、穏やかに亡くなっていました。
残された訪問看護の記録、一つ一つに、丁寧なメッセージが書かれています。本当にね、こんなに親身に、何度も来てくれて、私たち家族の不安にも寄り添う支援をしてくれるのは、レクロスさんならでは。他のところでは、ここまでの支援はないんじゃないかな、と感じています。レクロスの皆さんに全力でサポートしてもらい、家族と豊かな最期の時を過ごせて、父は幸せです。私も家族も、最高の看取りができたと思っています」
孤独な生活の中でも
笑顔がこぼれるのは
レクロスの皆さんのおかげ
80歳の若林睦子さんは7年前に夫を見送り、現在はレクロス小立野のサポートを受けながら一人暮らしをしています。
「親族はみんな他県で暮らしていて、広島に住む姉から『もしものときはどうするの?』と心配されますが、世話になることはできません。自分では元気なつもりだったけど、最近は糖尿病の進行で大好きだった本も読めなくなりました。足が悪いので外出も自由にできず、楽しめることが何もないんです。そんな中、レクロスに週3 回通い、訪問看護とヘルパーさんが来てくれて、週に6日もお世話になっています。おかげで生活ができて、そしてなんとか、笑うことができます。レクロスの皆さんは本当に私を支えてくれています」
ケアマネジャーの勧めで「もしもシート」を記入したのは今年5月のこと。
「シートの『最期を過ごす場所』の希望は『病院』を選択しました。延命治療をするかどうかなど、ケアマネジャーの重倉さんと相談しながら2人で書きました」
「もしもシート」を記入して、気づいたことがあるそう。
「誰にでもその時が来るのは分かっていたけれど、改めて『しっかりしなくちゃ』と思うようになりました。家にあがるときには、必ず心の中で『転ばないように、転ばないように』と言い聞かせるんです。重倉さんや皆さんに助けてもらって、私もまだ元気でいたい、頑張ろう、ってね」
誰もが希望の最期を
安心して迎えられるように
「“どのように最期を迎えたいか”は、その方の尊厳に関わる大切な問題です。
ですが、長年ケアマネジャーをしていても、終末期や最期についてのご意思を本人やご家族に問うのはためらいがありました。若林さんとは、亡くなったご主人をよく知っていたので、早くから信頼関係を築けていました。それでも、この質問はしづらかった。
そこで『もしもシート』を活用。若林さんがシートに、病院で最期を迎えたい、延命はしないでほしい、と回答するのを見て『よし、ご自宅でケアできるうちは、精いっぱいサポートしよう』と私も腹をくくりました。
短期間に自力ではできないことが増えていく若林さんの場合、介護保険や行政のサービスでは支えきれず、私たちレクロス職員は、ゴミ出しや、市営住宅の更新手続き、一人暮らしに不要な食器や衣服の処分など、あらゆることをサポートしています。たくさん持っていた蔵書も、もう読めないからと一緒に処分しました。
若林さん自身も元気なうちに身の回りの整理、『終活』をできるだけしたいという気持ちがある。自分が最期を迎えるときに周りに迷惑をかけたくないという思いを、できるだけ尊重したい。
『もしもシート』はその人が希望する『最期の在り方』と向き合い、周りに伝えるのに有効なツール。年齢に関係なく、書いてもよいものだと思います」
伊豆赤十字病院に聞く、
「もしもシート」作成の背景
伊豆市は65歳以上の人口が41%を超える高齢化地域です。平成28年、伊豆赤十字病院が伊豆市と在宅医療の事業で提携を結んだところから、終末期の意思表示ツール作成の構想が始まりました。翌年からアンケート調査を行い、「もしもシート」が誕生したのは令和2年のこと。病院や役所でお配りしており、伊豆市のホームページからもダウンロード可能です。「もしもシート」で、元気な時から自身の終末期を考えてもらい、記録を残せば、望まない医療を避けることができます。その時は突然訪れることもあります。こうした備えは、悔いのない最期を迎える安心材料になります。