ありがとう、こんなに元気になりました ~あなたの献血に支えられた命~ 7月は「愛の血液助け合い運動」月間!

渡辺 湊也(わたなべ そうや)さん
[Profile]
2007年4月生まれの高校1年生。神奈川県座間市在住で、現在は県内の公立校に通う。小学生の頃からサッカーに熱中し、現在も高校の部活で「サッカー漬け」の日々をおくる。

全国の献血ルームや献血バスで集められた血液は、病気やケガなどで輸血を必要としている患者さんの尊い命を救うために使われます。今月の特集では、幼少期に白血病を患い、輸血に支えられながら病気を克服した渡辺湊也さんにインタビュー。闘病中のエピソードや献血の啓発に協力していく思いを伺いました。

自分のように病気と闘っている
人たちが救われるなら……

 1歳で急性リンパ性白血病を発症し、強い抗がん剤の投与を受けながら、1年4カ月の過酷な闘病生活を送った湊也さん。当時の記憶はおぼろげですが、それでも、「自分の呼びかけで、一人でも多くの人が献血に協力してくれるなら」と、勉強や部活動に忙しい毎日でも、献血の啓発には協力を惜しみません。彼をそこまで突き動かすものとは、何なのでしょうか?
 病気が発覚したのは、1歳10カ月の頃。肌がとても黄色く、ぶつけてできたアザもなかなか治らない……。母・知子さんは、そんな湊也くんの様子が気になって近所の病院へ。しかし、そこでは原因がわかりませんでした。それでも気になって訪れた別の病院で、重度の貧血が発覚。白血病の疑いもあると伝えられ、紹介された小児の高度医療総合病院で再検査をした結果は、“血液のがん”と言われる白血病。骨髄移植を必要とする一歩手前の状態で、その日のうちに最初の輸血が行われました。
「輸血の後、真っ黄色だった湊也の肌の色が変化し、血色が良くなる様子を見て、いかに深刻な貧血状態であったかを実感しました。入院中も、元気がなくベッドに横たわっていたのが、輸血の後に急に活発になる様子を何度も目の当たりに。幼くて言葉で表現できませんが、輸血によって体がラクになったのだと思います」と振り返る知子さん。3歳2カ月で退院するまで、湊也くんを支えた輸血は10回以上に及びました。

共に闘ってくれた家族への感謝
そして「寛解」後も続く、緊張感

 幼い湊也くんの病気との闘いは家族の闘いでもありました。強い抗がん剤の影響で食欲が落ち、口内に炎症も起こしていた湊也くんのために、お母さんが届けてくれた食事のことを湊也さんは何となく覚えています。
「母が持ってきてくれる納豆そうめんが大好きでした。それならおいしく食べられたから」
 一方、毎日病院に通うお母さん自身も苦しんでいました。病院から家に帰るときは湊也くんに大泣きされ、帰りの運転中は治療のことや今後の不安でいっぱいに……。ついにあるとき、車の運転中にめまいがし、ひどい過呼吸を起こしてしまいました。
「母は救急車で運ばれ、それ以来、大きな車を運転できなくなってしまった。運転すると恐怖を感じるので、僕が退院するまで電車を乗り継いで通院するように。今は軽自動車なら乗れるようになりましたが、将来、僕が運転する大きな車に、母を乗せてあげたい。そして、母だけでなく父も祖父母も、座間市から横浜の病院まで交代で毎日通ってくれて、きっと大変だっただろう、と。まだ幼かった5つ上の姉は、母がずっと僕の付き添いで病院にいるので、寂しい思いもたくさんしたんじゃないかな……。家族には、感謝でいっぱいです」
 元気に高校に通い、重い白血病を経験したとは思えないほどハツラツとした湊也さんですが、今でも半年に一度の検診は続いています。
「検査項目はたくさんあって、その一つ一つの結果に、主治医の先生が“OK”のチェックを入れてくれるのを、目の前で見守ります。全部OKだと『セーフ!!』とホッとするんです」
 また、定期検診は、闘病中の子どもたちへの思いを強くする時間でもあるよう。
「この病院には、あの頃の自分と同じように病気と闘っている子たちがいるんだと思うと、その子たちを助けるためなら、自分ができることは全部やってあげよう!という気持ちになります。闘病を経験した自分が発信することで、より多くの人の心に届くことを願っています」

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モットーは「一日を濃く生きる」
できることは何でもやりたい!

 2011年、闘病を経て4歳になった湊也くんは、神奈川県の献血ポスターに登場。当時のJ1川崎フロンターレの選手たちと共演しました。
「人工芝のグラウンドに立ててうれしかったのを覚えています。プロの選手と交流したことが、サッカーを始めるきっかけにもなりました」
 中学ではクラブチームに所属し、この春からは高校のサッカー部に入部。チームの要となるボランチとしてレギュラーを狙うべく、休日も惜しんで練習に励みます。それだけではなく、興味のあるダンスにもチャレンジするほか、「高1の今こそ勉強を頑張って人に差をつけたい」と、塾通いも欠かしません。
「忙しいほうが充実感があります。“一日一日を濃くする”というのが自分のモットー。寝る前に『あぁ、今日も一日頑張ったな』と満足感が味わえると、幸せな気持ちになるんです」
 そんな湊也さんの将来の夢は、薬剤師や看護師など医療に携わる仕事。
「サッカー部の友達が、両親共に持病があって自分もなってしまうのでは……と気にしているので、『そうなったらオレがサポートしてあげるよ!』と話しています」
 そして、同じ病気で闘病する子どもたちへ向けては、「絶対いつか良くなると、前向きな気持ちを持ってほしい。今は家族と離れていても、いつかみんなでテーブルを囲んでご飯が食べられる未来を想像して、お医者さんを信じて治療を頑張ってほしいです」とメッセージを送り、「自分自身も、白血病を克服した患者の一人として、少しでも力になれるようこれからも献血を呼びかけていきたい」と決意を語りました。

献血の大切さを呼びかける動画「LIFE GOES ON」


献血ポスターの撮影から10年

 昨年10月に神奈川県赤十字血液センターが公開したYo uTu b e 動画『LIFE GOES ON#4「あれから10年」献血のパスは今。』にも登場した湊也さん。10年前に献血キャンペーンのポスターで共演した元川崎フロンターレの選手や、同じく幼少期に重い病気を克服した仲間と共に、改めて献血の大切さを呼びかけた。

7月は「愛の血液助け合い運動」月間


 日赤では、毎年7月に「愛の血液助け合い運動」キャンペーンを行っています。各都道府県の関係団体や血液センターにポスターを掲示するほか、献血Web会員サービス「ラブラッド」を活用した予約の促進を行うなど、国民一人一人の理解を深めるためのさまざまな啓発活動が厚生労働省と連携しながら全国で繰り広げられます。
 昨今は、少子高齢化社会や過疎化地域の増加などを見据えた若年層の協力強化が必要不可欠です。そのため、学生ボランティアやJRC(青少年赤十字)による街頭での呼びかけなど、若い世代に献血への理解と協力を求める運動も積極的に行っています。また「愛の血液助け合い運動」の一環として、例年、献血の推進や発展に顕著な功績のある方々が表彰される「献血運動推進全国大会」も開催され、今年は7月26日に千葉県で開催されます。安全な血液を安定的に患者さんに届けるために、みなさまの継続的な献血へのご協力をお願いいたします。

献血ができる場所など、詳しくはこちらから

学生ボランティアの街頭での呼びかけ(長崎県、昨年の様子)