「虐待」の芽を見逃さない 「小児虐待対応シミュレーション」に懸ける病院職員の思い
毎年11月は、国が定める児童虐待防止推進キャンペーン期間です。
今回は、虐待の芽を摘むために高山赤十字病院が行っている取り組みを紹介します。
声を上げられずにいる子どもたちのために、社会全体が気づきの感度を高め、主体的に取り組むことが大切です。
小児科医はいつでも子どもの味方。
でも、親の側にも「なぜ虐待したのか?」
という視点で手を差し伸べます
高山赤十字病院
副院長 兼 第一小児科部長
山岸 篤至 医師
虐待を防ぐためには、なるべく早くその“芽”に気づくことが大切です。多くの場合、子どもは直接的なSOSを出せません。ましてや、親が同席している診察室ではなおさらです。ですから、少しでも「怪しいな」と思う点があれば、それを見過ごさないようにしなければなりません。過去のカルテを見直したり、時にはお子さんだけ別室で状況を聞いたりし、虐待の疑いがある場合は「虐待対応サポートチーム」を招集します。こうした、虐待が起きている、あるいはその疑いがある家庭のちょっとした違和感は、保育園や学校の先生が気づくケースが多いです。しかし、その見守りの目から漏れてしまう場合もあるので、地域に暮らす誰もが気づき、気づいたら児童相談所など自治体の機関に報告できる、そんな社会であってほしい。たとえそれが勘違いであってもいいのです。とにかく、「あれ? もしかして…」と思ったら、自治体や児童相談所へ連絡してください。
児童虐待に向き合う中で、最近私が問題に感じているのは、SNSなどを通じて虐待をした親への誹謗中傷が広まることです。地域の中で「虐待があったようだ」と、その親の情報がSNSで拡散されることがあります。多くの人は、それが起きてしまった構造を理解せずに親だけを叩いてしまう。そうなると、その親は、私たちや児童相談所などの外部からのサポートを拒絶し、子どもを救いづらくしてしまうのです。
実は、虐待する親も苦しみを抱えている場合があります。自身も幼少期に虐待を受けて育った“虐待サバイバー”であったり、国際結婚のような場合は文化の違いで、自分の行為が虐待であることに気づけなかったり、あるいは、親が発達障害を持っているなど、親自身がどうすることもできない困難さを抱えていることも…。小児科医はいつでも子どもの味方で、子どもを守ることが第一ですが、親が置いてきぼりにならないように注意を払います。親が孤立してしまうと、本当の意味で子どもを救うことができません。私たちのような専門職の人間だけでなく、社会として子どもと親を見守り、取り巻く環境などを理解し、全体図を捉えてサポートすることが、虐待の芽を摘み、子どもを救うために必要不可欠だと考えています。
「小児虐待対応シミュレーション」とは?
高山赤十字病院が独自に取り組む児童虐待防止のための研修プログラム。あらゆる場面を想定して台本を作成し、ロールプレイを行う(左ページのイラストは、ロールプレイのセリフの一部をイラスト化したもの)。研修参加者は子ども役、両親役、医療スタッフ役などを演じ、「子どもがどのようにSOSを出すのか」「それを察知した際の対応は?」といったシミュレーションを行います。院内職員だけでなく、外部の児童相談所スタッフなども参加し、虐待のリスク感度を高めることを目的としています。
/Voice/
患者と地域(行政)をつなぐ
ソーシャルワーカーの声
高山赤十字病院
医療ソーシャルワーカー(MSW)
小邑 昌久さん
「あなたも辛かったと思う。一緒に考えよう」
子どもを救うために、親の敵にならない
医療機関では、例えば頭部の外傷など子どもの命に関わる場合は、すぐに児童相談所と警察に連絡する役目があります。このとき、MSWが親に説明することもあります。「あなたは嫌かもしれないけれど、皆で解決するために公的な力を借ります」と伝えます。大切なのは、虐待する親の敵になるのではなく、一緒に話し合い、考える姿勢です。「子どものために」何ができるか、ご両親やご家族だけでなくみんなで考えてみませんか?そのように投げかけるようにしています。そうすることで、親子を支援していく児童相談所などと連携や支援がしやすくなります。
相手を否定したり、攻撃するのではなく「あなたも辛かったと思う。一緒に考えよう」というのが、高山赤十字病院の姿勢です。病院は医療機関なので、“点”でしか関われませんが、学校や児童相談所、自治体とのつなぎ手となり、親子の支援に協力しています。
虐待にもさまざまなタイプがあり、親が自覚なく虐待している場合もあります。私が出会った事例では、口から固形の食事が飲み込めない障害児の家庭で、自然派志向の強い親御さんのこだわりによって、子どもが栄養失調になったケース。悪気はなくても、子どもの命を脅かしていたら虐待です。この場合も親と目線を合わせて根気よく話し合い、子どもの栄養状態を回復させました。
無関心は人道の敵、という言葉があります。「親が良いと言っている」「私は関係ない」という姿勢でいると苦しんでいる子どもを救えません。より多くの人が、身近な子どもに関心を持ち、何か気づいたら手を差し伸べる、そういう社会になることを願っています。
/Voice/ 虐待にどう向き合う?看護師の声
病院では虐待のさまざまなケースに直面する可能性があります。母親と子が入院していて、虐待する親族が押しかけてくることも。虐待の事案に対応したことがない職員でも、研修を通して事例を知り、「小児虐待対応シミュレーション」で対応力を育てることは、現場の備えとして有効ですし、小児やその家族が発する信号をキャッチする感度を高めることにもつながります。
研修を受ける前のこと。休日の救急外来に「一時、意識を喪失した」と2歳の男児が連れて来られました。しかし、来院時は元気だったので診察がすぐに終了。ただスタッフ間で、男児の体が清潔でない様子や母親の無関心さが気になり…。休日明けにMSWに相談すると過去のカルテから虐待の懸念で市の介入があった家族と判明。「一歩間違えれば…」と強く感じ、研修を受けました。
煙草による火傷の手当てを受ける子が、なぜ火傷を負ったか聞いても「分からない」と答える。近い年齢の子の母親として、分からないのではない、言えないのだ、と感じました。子は親をかばいます。私自身、子育てにも追われ、時には心のゆとりがなくなり、反省することも。子どもを守ることが最優先ですが、親御さんにも、必要なサポートをしていきたいと思います。