小山薫堂さんに聞く「命と向き合うきっかけづくり」その思いとは? 大阪・関西万博パビリオンプロデューサー・小山薫堂さんインタビュー。万博を通して、“いのち”への気づきを
「いのちをつむぐ」をテーマに、シグネチャーパビリオン『EARTH MART(アース マート)』を手がける小山薫堂さん。
食を介して、命と向き合うきっかけづくりを目指すという今回のパビリオンについて、その思いを伺いました。
目の前の“いのち”に感謝する「いただきます」の意味
最初に、シグネチャーパビリオンのプロデューサーの依頼をいただいたとき、真っ先に浮かんだのが、「いのちと食」でした。日本人は、食事を始めるあいさつとして「いただきます」を使います。多くの人は、そこに「いのちをいただく」という意味が込められていることを知っていると思いますが、そのことにきちんと向き合う機会はあまりないのではないでしょうか? そのきっかけづくりとして企画したのが、『EARTH MART』です。
『EARTH MART』はスーパーマーケットふうの内装ですが、そこで食材を販売するわけではありません。実際のスーパーのお店って、実は命を感じさせない場所なんです。そんなスーパーで買い物を楽しむように中を回っていくと、人間が命を紡ぐためにどれだけの「いのち」をいただいているのかを考えるきっかけとなる、そんな展示を目指しています。
例えば、はちみつ。1匹の蜂が生涯で集める蜜の量は、おおよそ4グラム。ティースプーンに少量のせた程度です。それを趣向を凝らして展示することで、普段無意識にヨーグルトやパンケーキにかけて食べている人でも、「いのちをいただく」という意味を考える糸口になるはずです。
©EARTH MART / Expo 2025蜂が一生をかけて集めるはちみつの量を表した食品サンプル。この展示では、蜂の生涯を描いたムービーも流してメッセージを伝える
他には、日本人が一生のうちで食べる量の卵(約2万8000個)で作った巨大なシャンデリアとその数の卵で作られた目玉焼きを展示します。また、海の食物連鎖の例として、10万個のイワシの卵から人間の口に入る成魚はわずか3匹、それまでに他の生物の「いのち」になっていく様子を見せるなど、私たちが他の生命の営みとどうつながっているのかを感じてもらうための仕掛けです。
日本人が一生のうちで食べるとされている卵(約2万8000個)で作られた巨大なシャンデリアは一見の価値あり。
その下には同じ数の卵で作られた目玉焼きも展示
未来を明るくする25の伝統食と
SDGsな暮らしの象徴・茅葺(かやぶ)き屋根
全国5つの地域から集められた茅材で作られた茅葺き屋根の建物が圧巻!
未来の食をより良くするきっかけになればと考え、日本古来の25の食材で『EARTH FOODS(アース フーズ)』と題した展示も行います。梅干しのように、冷蔵庫がない時代から何十年も保存できるように加工する知恵や、フグの毒を取る技術など、日本の食文化が世界に広まることで、食の未来が変わることもあるはずです。これは日本の食を自慢するための展示ではなく、海外からの来場者にも紹介して、「あなたの国にも同じような食材や、食の知恵はありませんか?」と問いかけることで、みんなが一つのテーブルでいろんな食材を共有し合うようなイメージです。
パビリオンの建築に用いた茅葺き屋根も、未来に伝えたい技術の一つ。水を弾く茅(かや)を外側にし、内側にはお米を収穫した後に出る藁(わら)を使った屋根。藁は編んで縄やわらじになり、使い終わったら燃やして、その灰を畑に撒(ま)く。SDGsという言葉がない時代から、日本では当たり前だった食の循環です。
このように、「食」の細部に向き合うことで、人は謙虚になりますし、自然を敬い、他の生命に感謝するようにもなるのではないかと考えます。このパビリオンを出た後に、ちょっと優しくなれるような、そんな空間になればと考えています。
与えることだけが支援ではない
東日本大震災の被災地での記憶
映画『おくりびと』や、絵本『いのちのかぞえかた』など、これまでも、「いのち」や「生きること」をテーマにした作品を企画することは度々ありました。その都度、生きるために必要な要素は何かと考えますが、「欲」もその一つではないかと思います。食欲もそうですし、災害が起こったときなどに、「自分の行動が誰かの喜びになるなら」と支援することも、人間の本能的な欲求のように思います。
東日本大震災のとき、写真家のハービー・山口さんと被災地を巡りました。避難所は、それぞれのつらい状況を抱えて笑顔を失っている被災者がほとんど。ハービーさんは、被災者になんとか笑顔になってほしくて、一人のおばあちゃんの肩を揉んであげながら、話に耳を傾けていました。最後にカメラを向けたとき、ほんの少しですが、その方からほほ笑みがこぼれたんです。「すごくいい写真が撮れたよ!」とはしゃいで喜ぶハービーさんの姿を見て、「私の笑顔で喜んでくれるなんて」と、おばあちゃんにも喜びの表情が。それを見たとき、求められることをしてあげることだけが支援ではなくて、相手が「自分は求められている」と感じるような頼り方をすることも支援になるのだと学びました。
人間は生き方を選択できる生き物
その尊厳が奪われない社会に
左)小山さんとイラストレーター、セルジュ・ブロックさんの日仏合作の絵本『いのちのかぞえかた』(千倉書房刊)。人間の生活にまつわるさまざまな数字を、主人公の成長を通して見ていくと、人体の不思議や、生きることの素晴らしさを垣間見ることができる
右)「赤十字の炊き出しも、かつての“石原軍団”の炊き出しのようにブランド化すれば、もっと存在感が増すのでは?」と、小山さんならではの提案も
人は動物と違って、本来生き方を選べる生き物です。自分で幸せに生きようと努力し、選択していくことが使命なはずなのに、今世界中では、さまざまな状況でそれができない人がたくさんいます。そんな人々が、尊厳を取り戻すためにあらゆるサポートをしているのが赤十字だと思いますが、存在感を示すために、もっと社会を巻き込んでいくといいのでは、と、個人的には感じています。被災地支援でも、「赤十字に募金を委ねておけば、きっと正しく使ってもらえる」と信頼して寄付する方はたくさんいるでしょう。でも、寄付を渡す方(一般の方)と動く側(赤十字)という関係性ではなく、一緒に手を取り合って支援していく感覚が得られたらいいですよね。例えば、地域の行事での炊き出しや普段の訓練をエンターテインメント化して、そこに参加する価値を創造していく。その上で、いざとなったら本当に信頼できる運動体として動いていけたら、多くの人の喜びにつながります。この万博は、多くのパビリオンや展示によって気づきのきっかけになる場になると思いますが、赤十字にとっても、たくさんの人に知られるきっかけとなることを願っています。
シグネチャーパビリオンについて
大阪・夢洲(ゆめしま)を舞台に、2025年4月13日から10月13日までの184日間開催される大阪・関西万博。160以上の国と地域、国際機関が集まるその内容とは?
今回の大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。小山薫堂さんをはじめとする8人のテーマ事業プロデューサーが、それぞれ「いのち」をテーマにシグネチャーパビリオンを展開する他、海外パビリオン、日本館、ウーマンズ パビリオン、民間パビリオン、自治体館など、さまざまな展示が集結する。世界最大級の木造建築となる円形のメイン建築「リング」も話題に。赤十字は、『国際赤十字・赤新月運動館』として出展。世界の人道危機と、そこに立ち向かう人々の姿を半球型のドームシアターで上映する。
小山薫堂さんが手がける『EARTH MART』とは?
小山薫堂さんが手がけるパビリオン『EARTH MART』は、「いのちをつむぐ」がテーマ。スーパーマーケットのような空間で、日本人が育んできた食文化と、テクノロジーによる食の進化を共有し、食を通じて「いのち」を考える構成。国内の気鋭のシェフ5人が日本発の食リスト『EARTH FOODS 25』をテーマにコンセプト料理を発表したり、会期中にオリジナルの梅干し“万博漬け”を漬け、来場者に2050年にその梅干しと引き換えができる引換券をプレゼントするなど、ユニークな企画が満載。 建築は、隈研吾建築都市設計事務所に依頼。所属する若手建築家が考えた約50のアイデアの中から、小山さんと隈研吾さんが選定し、茅葺き屋根の建築が採用された。また、世界的に活躍するグラフィックデザイナーの八木保さんがアートディレクションを担当。国際的な視点で世界観の形成に貢献する。