未来を守る「防災ゼミナール」Vol.2

被災地で耐えるのではなく、
心身を守るための
「広域避難」という選択

今月の研究部門
災害看護部門

お話を伺った人
日本赤十字看護大学教授
災害看護部門 部門長
内木 美恵さん

 私は看護師・助産師の経験をもとに、看護大で後進を育成する立場ですが、災害発生時には被災地で支援も行います。また同時に、災害看護部門の研究者の視点でも、被災地の状況を把握するように努めています。
 能登地震の被災地で感じたのは、避難所の在り方に、これまでの災害の経験があまり生かされていない、ということ。座布団で雑魚寝をしていたり、トイレが設置されても被災者が利用しやすいようになっていないなど、被災者の心身の健康を守るのが難しい状況でした。一方で、かつてない良い面もありました。避難所には新型コロナウイルスなどに感染した患者がいて、蔓延してもおかしくない環境でしたが、それを防げていたのです。これは約3年経験したコロナ禍を経て、人々の衛生意識が変わったからだと思います。日常的な手洗いや手指アルコール消毒、マスクの着用、咳のエチケットなどの個人の衛生行動が普及していて、今後も習慣として維持できると、災害時の健康を守ることにつながります。

 さて今回、私はあらためて、皆さんにお伝えしたいことがあります。それは、「災害の備えとして、被災地外の地域(他県や遠方)に避難できる準備をすること」
 特に、妊産婦や乳幼児、高齢者、医療的なケア児(者)など配慮が必要な方とその家族には、「広域避難」は最重要の備えと言ってもいいです。多くの方が、住み慣れた場所で耐える、頑張る、という意識で災害への備えをされているかと思います。しかし、集団生活、最低限の食事など、ストレスの多い避難所生活に耐えることは、心身の健康や命に関わる負担となります。また、子どもの健全な成長のためにもできれば避けたいと思います。2016年熊本地震の被災地で私が経験した事例では、大人が不安やストレスを抱えながら避難生活を送っていると、子どもの態度や言葉が荒れたり、神経過敏になったり、ということもありました。日々成長する中で環境から多くを吸収する子どもは、大人の苦悩まで吸収することがあります。
 住み慣れた地域に残りたいお気持ちはとても理解できます。しかし、一番大切なのは健康と命。遠隔地に頼れる場所が少ないという人ほど、災害の前に準備をしておく。一時避難でよいので、避難所生活の辛さを減らすための備えをすることを、ぜひ前向きに考えてみてください。

【災害救護研究所とは?】

日本赤十字看護大学付属の研究機関として2021年に発足。災害時の救護活動を通して得た知見を学術的に分析・集約し、被災者の苦痛の予防・軽減を目的とした研究所。