ヨルダン: 難民に寄り添う家庭訪問 ~ボランティアによる「地域住民参加型保健事業」~
ヨルダンはシリアの隣に位置し、約66万人(2017年7月、国連調べ)のシリア人難民が避難しています。そのうち、約80%のシリア人難民が難民キャンプではなく市街地に居住されています。物価高のヨルダンの都市部に住む難民は、ヨルダンで最も貧しいとされる生活水準よりもさらに厳しい生活を強いられ、持病を抱えたり、急に病気になったとしても医療費を捻出できず医療サービスを受けられないという状況が課題となっています。現在、日本赤十字社から国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)へ出向し、ヨルダンで「地域住民参加型保健事業」にたずさわる鄭恵梨職員(大阪赤十字病院)が活動の様子を報告します。
赤十字の活動
ヨルダン赤新月社とIFRCは、シリア人難民・ヨルダン人両方の健康が向上することを目的に地域のボランティアと一緒「地域住民参加型保健事業」を行なっています。シリア人・ヨルダン人の両方からなるボランティアはトレーニングを受けたあと、地域の家庭や学校などを訪問して地域住民へ病気の予防や早期発見など健康に関するレクチャーを行っています。
ボランティアが取り扱うテーマは10種類以上にのぼり、心肺蘇生法から生活習慣病の予防、男女平等や暴力防止、マタニティケア、心理サポートなど多岐に渡ります。ボランティアの中にはシリアで薬剤師や教師をしていた方、ヨルダンの大学生や新卒の看護師・救命救急士の方、主婦の方などがいます。昨年一年間にボランティアを通じて健康と安全に関するアドバイスを受け取った受益者は総勢33,214名にのぼります。
信頼を得るまでの地道な活動
ファティマさんとアラーさんはヨルダン赤新月社ボランティアとして同事業に参加し、家庭訪問を通じて出会ったナジュラさん家族の様子を紹介してくれました。
「ナジュラさんは、夫とシリアのアレッポで人気のレストランを営み、子どもにも恵まれ、とても幸せな生活を送っていました。しかし、シリア危機が起こった直後、生活は一変。すべてを置いてヨルダンに逃げてきました。ヨルダンで、一家は小さなアパートの地下にある部屋を見つけ、そこで暮らすことにしました。また、14歳の長男はドイツで教育を受けさせることにしました。長男は、叔父と一緒に海を渡りました。夫婦はその後、収入のない中でのヨルダンでの生活、家族と離れ離れになったこと、そしてアレッポで記憶に刻まれた残酷な景色のトラウマにより、ストレスに苦しみ、精神状態は不安定になり、働きに行くことができません。
2016年8月、私たちが初めてナジュラさんの家を訪ねた時、一家は動揺していました。地下の部屋には小さな窓が2つ。ナジュラさんと夫は大量にたばこを吸っており、部屋の空気は息苦しいほど。一家はみんな激しく咳き込んでいました。ナジュラさんはすでに糖尿病を患い、たばこを吸うことでひどい胸の痛みも起こっていましたが、運動はせず、病院にかかることもできずにいました。しかし、一家は私たちを拒絶。「私の人生、こんなに最悪なのに、これ以上悪くなることがある?」と言って、何も聞き入れてくれませんでした。
私たちは、あきらめず、訪問し続けました。ある日、私たちがいつものように訪問すると、がんについて尋ねてきました。近所の方が、たばこによる病気にかかったようですが、自分たちが患っても治療を受ける費用がないというのです。11月、私たちが再度訪問した時、ナジュラさんはたばこをやめていました。アパートの空気はきれいになり、ナジュラさんは顔色も良く、気分もよさそうでした。健康的な生活にも興味が出てきて、体も以前より動くようになっていたのです。また、夫がどうしたらたばこをやめられるかを聞いてきました。夫はたばこの量こそ減っていましたが、まだやめることができずにいたのです。ナジュラさんは、私たちが続けて訪問し、たばこがどれだけ子どもたちに悪影響を与えていたかを教えてくれてよかった、やっと気が付いたと涙を流しながら話してくれました。12月、ナジュラさんから1本の電話がかかりました。一家が、ドイツに行くことを承認されたというのです。ドイツに渡ったナジュラさんは今でも時々私たちに電話をくれています。」
昨年12月にヨルダン国内で起きた銃撃事件による治安状況も影響して、ボランティアが家庭を訪問しても怪しんでドアを開けてもらえなかったり、訪問を拒否されたりということがあります。それにも関わらず、ボランティアの皆さんは地域、そして難民の方々の力になりたいという一心で訪問を続け、健康と安全に関するアドバイスを今日も届けています。
中東人道危機救援金を受け付けています
ヨルダンは長引く中東危機の中、周辺国から大量の難民を受け入れ、社会全体でこの人道危機に立ち向かっています。そして、終わりが見えない中、息の長い支援を必要としています。皆様からのご支援に感謝を申し上げるとともに、いつの日か難民の方々が身体的にも精神的にも元気な状態で故郷の地を再び踏むことができるよう、赤十字の活動にさらなるご理解・ご支援をお願いいたします。