日赤事業担当職員が語る!~新型コロナウイルス感染症に対応する各国赤十字社~(後編)

日本赤十字社(以下、日赤)では、世界各地に職員を派遣して、現地の赤十字社とともに人道支援活動を行っています。ところが、現在は新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響で渡航が制限されており、駐在職員も本年3月までに一時帰国し、日本から業務を続けています。

ルワンダ、フィリピン、ネパールからそれぞれ帰国中の職員が今思うこととは?先週の前編に引き続き、いよいよ後編です。

いつもの活動が出来ない!~ジレンマと赤十字のパワー~

(吉田拓さん、以下「吉田拓」)今回の新型コロナの状況になって、とてもジレンマを感じていることがあります。そもそも赤十字の活動の強みは、ルワンダの社会的ニーズに合った顔を合わせて伝える・支える'アナログ'なコミュニケーションです。ルワンダ赤十字社(以下、ルワンダ赤)は、ルワンダの国内で信頼され、全国に支部を持ち、赤十字の理念を理解した熱心なボランティアさんが国中にいます。実は、今回の新型コロナ感染拡大を受けた国内移動規制の只中でも、5月に大雨災害が発生して大きな被害が生じました。その時も、被災地の支部にいる赤十字ボランティアを中心に即座に活動ができました。

ルワンダ赤十字社の新型コロナ感染予防について啓発活動する様子

ルワンダ赤十字社の新型コロナ感染予防について啓発活動する様子の動画はこちらv-RWA-COVID19-RCCE-Words_can_save_lives1 (1).mp4©ルワンダ赤十字社

一方で、コロナ禍の最大の特徴は「人と人が会えないこと」です。低所得者層など支援を必要とする人々は識字率が低かったり、所得があっても不安定だったりしますので、そのような方々に支援を届けるためには、通常ルワンダ赤は人々のもとに赴き、直接会ってコミュニケーションをとりながら支援を行ってきました。例えば、地域住民に村の広場に集まってもらい、災害や保健衛生に関する啓発の映画会やクイズ大会をする、といった活動もその一つです。

しかし今は、「3密」の状態を防ぐために実施することが出来ません。人が集まる、直に会ってサービスを提供するという、赤十字が得意とする方法が取れず、間接的なやり取りをせざるを得ない環境であることが、本当にジレンマです。というのも、ルワンダ赤のスタッフやボランティアが急遽実施しているラジオ放送やトラック巡回を用いた新型コロナの予防啓発活動も、本当に情報を必要としている人に届いて役立っているのか、直接に確認ができないもどかしさがあるからです。皆さんはもどかしさを感じていませんか?

(吉田祐子さん、以下「吉田祐」)フィリピン赤十字社(以下、フィリピン赤)は、まさにルワンダと同じで本来の得意な活動が難しくなっていると思います。フィリピン赤は新型コロナ対応のフロントライナーとして国内で認知されており、赤十字のエンブレムを付けた車両に移動制限はかかりません。それでも、コミュニティに入っていくのは気を使うでしょう。様々な啓発活動や心理的な負担軽減など、災害後に力を発揮する活動は、被災者や辛い思いをしている人々に寄り添い励ますことです。

フィリピン赤十字社の電話相談の様子

フィリピン赤十字社の電話相談の様子©フィリピン赤十字社

感染からお互いに身を守るソーシャル・ディスタンスを取ることが必要とわかっていてもどうでしょう。フィリピン赤は検査体制の強化や医療機関への様々な支援に注力しており、懸命な新型コロナ対応を展開していますが、そこに、人々に寄り添い、いかなる辺境にも出かけていく赤十字ボランティアの本来の姿が、フィリピンを遠く離れていることもあってか、はっきりと見えません。日ごろ、地元のコミュニティで各世帯を回る赤十字ボランティアの活動は、新型コロナ対応ばかりではありません。しかし、この状況下では、そうした地道な人道支援の優先順位が下がり制限されていることが、本当にもどかしいと思います。

そんな中でも、フィリピン赤が取り組むのは、ヘルプライン1158と呼ばれる電話相談です。研修を受けたボランティアが毎日24時間、電話を使って人々の不安の声やストレスについて傾聴する心理的なサポートに加え、検査施設の案内や感染疑いのある方の搬送サービスにつなげる活動を行っています。直接に会えなくても、人々のこころに寄り添い適切なサポートを提供するこの活動は、今出来るボランティア活動の最良の形のひとつだと思います。

ネパール赤十字社の設置したヘルプデスクで検温する様子

ネパール赤十字社の設置したヘルプデスクで検温する様子@ネパール赤十字社

(五十嵐和代さん、以下「五十嵐」)地域の赤十字ボランティアの力、というテーマからは少し離れますが、ルワンダやフィリピンの赤十字社では血液事業は実施されていますか?ネパールでは、日本と同じく血液事業を担うのは赤十字社の大切な任務です。

これまで平時には献血施設を併設する支部や、屋外にテントを張って献血会場を設置し、巡回して献血への協力を呼びかけていました。ですが、今は自由な移動が制限され、多くの人を一度に集めることもできないため、民家の軒先などに小規模な会場を設置して、スタッフや献血者の数を制限しつつ、回数を増やして、必要とされる量を確保できるよう工夫や努力を重ねています。コロナ禍にあってもネパールの医療を支えるエッセンシャルワークの一つだと思います。

試されているのは私たちのあり方?

(吉田祐)今回のコロナ禍で痛切に感じたことで、支援の在り方を考えさせられたことがあります。それは、日本でもフィリピンでも、都会でも田舎でも、私たちの生活・命が「お金」でギュウギュウに縛られているということです。ヒト、モノの動きがある日突然停止したとき、社会基盤や生産手段も生産物も何も変わらないのに、途端に生活に窮するのはお金が尽きて心配や不安ばかりが募ってくるからでしょう。災害対応では、生活支援のための現金給付という方法があり、フィリピンでは災害後の支援の一環として実施されています。

今、現金給付の支援方法は世界中で広く行われており[1]、その額は着実に増えています。私はもともと一時的性質が強い支援に疑問を持っていたのですが、一時しのぎであっても、今の危機をとにかくやり過ごし、次のステップを考える時間的余裕が得られる現金給付は、お金に縛られた生活で命をつないでいるからこそ、意義ある支援の形であることに気づかされました。


[1] 国際赤十字・赤新月社連盟ウェブサイト「Money matters: delivering cash to people in crisis」参照(英語)https://future-rcrc.com/2019/04/23/money-matters/

(吉田拓)確かにそうですね。僕も支援の形については日々考えさせられます。これまでは、先進国の経済的資源・知的資源をもってすれば、災害や社会課題に立ち向かえるよ、だから途上国にいってそのやり方を教えてあげるよ、というスタンスで仕事をすることが求められてきたと思います。ところが、こと新型コロナ対応については、世界中のどこにも解決するリソースがない問題であり、さらに僕たちも当たり前と思っていた仕事のやり方も通用しなくなっています。そんな中で、本当に解決されるべき問題を見つける力と、一緒にいない人たち(ルワンダ赤スタッフや事業地の皆さん)の力を最大限に引き出していく力が試されているのではないかと思う今日この頃です。

ネパール赤十字社の事業を担当する五十嵐和代職員

ネパール赤十字社の事業を担当する五十嵐和代職員(左)©ネパール赤十字社

(五十嵐)支援のありかたについては、私も今回考えることが多くありました。例えば寄付金についてです。新型コロナ対応では、世界中どの国も脅威にさらされていますが、支援を送る側だった 国での感染や死者の数が大きく、自国の新型コロナ対応支援活動も強化する必要があるからか、途上国の新型コロナ対応への支援は集まりにくくなっているように思います。

ネパール国内の赤十字の例を挙げれば、二国間支援事業の支援社の多くは、新型コロナに特化した支援金を新たに送るのではなく、進行中の事業費の一部を新型コロナ対応に充てています。支援社側も限られた条件の中で工夫しての対応ですが、ネパール赤十字社が計画に沿って全土で活動するには、まだまだ資金面での支援が必要です。こういった支援のマッチングの難しさも日々考えるところです。

遠く離れた友人を思うこころ

ネパール赤十字社の新型コロナ感染拡大予防啓発ポスター

ネパール赤十字社の新型コロナ感染拡大予防啓発ポスター©ネパール赤十字社

(五十嵐)自然災害が多いネパールでは、人々は厳しい環境の中で自然と融合しながら生きる知恵と、地域住民同士で支えあいながら生きていく力を備えていると日頃から事業を通しても感じています。今回の新しいウイルスについては、ワクチンも治療法もまだ確立されていない中で、彼らの生きる知恵や互助の精神がどう活かされるのか、そして、そんなネパ―ル人をどのように支えられるか、日々考えています。

ルワンダ赤十字社の活動で設置した足踏式手洗い場で手を洗う村の女性

ルワンダ赤十字社の活動で設置した足踏式手洗い場で手を洗う村の女性@Atsushi Shibuya

(吉田拓)ルワンダでも大雨洪水、干ばつ、等自然災害に見舞われることが多いのですが、災害に備えるよりは日々の暮らしをやりくりすることに一生懸命な人がほとんどだと思います。外出制限や経済的な厳しさにあるのは確かですが、また別の災害がきたか、という受け止め方でいるような印象も受けます。そういった人にとっては、人間関係が大きな力となっています。いざというときに助け合える人間関係をいかにしてもっておくか、が問題が起きたときに助けになります。今回のコロナ禍は、多くの先進国にとって、被害の規模の想定がつかず、かつ、正しい解決の道筋はどこにも書いていないという意味で、途上国の貧困層にとっての災害と似ていると思うことがあります。

個人の安全を負うのは自己責任であるという社会の方が災害に強いのか、お互いに助け合うことが前提の社会のほうが災害に対してしなやかに立ち回れるのか、長い目で観察して、教訓を得たいですね。

(吉田祐)フィリピンでは、新型コロナ流行以前から、災害からの立ち直りに苦労する地域がいくつもあります。2019年に2度の地震に見舞われたミンダナオ島では、避難生活を送る人たちが、避難所や親せき宅などを頼って暮らしています。また、2020年1月にはマニラ首都圏に隣接するタール火山の噴火により、移住を余儀なくされた人たちが、仮の生活を営む場所で、政府の移住地造成完成まで不自由な生活を強いられています。フィリピン赤の新型コロナ対応活動は、災害被災地においても展開されていますが、すでに厳しい生活を送っている人には、感染症対策も難しく、生活の厳しさに加えて、感染症のリスクにもさらされています。

手洗い場を使う小学生

2013年にフィリピンを襲った中部台風(ハイヤン)の復興支援事業で日赤とともにフィリピン赤十字社が設置した手洗い場を使う小学生©IFRC/日本赤十字社

これからフィリピンは台風シーズンが到来しますし、自然災害への備えがとても重要な時期です。新型コロナ対応とともにフィリピンに住む人たちにとっては負担の大きな時期になると心配しているところです。

日赤の防災事業を担当するマぺさんは、新型コロナ対応が始まってから数か月間フィリピン赤十字社本社で寝泊まりする生活を送っています。自宅には週末にだけ帰るという彼女は、首都マニラの公共交通機関の運営制限で通勤が困難という理由に加えて、家族に感染させる不安も考えています。赤十字のスタッフやボランティアはPCR検査を受けて必要に応じ適切な処遇をうけますが、コミュニティ活動にかかわる毎日に、感染への不安は拭いきれません。

同じような境遇の仲間たちと本社で寄宿生活を続けながら、昼間は主に新型コロナ対応でマニラでの活動に従事しているマぺさんですが、日赤と進めている2013年のハイヤン台風復興支援事業地である北セブの今年の台風シーズンに被害が少なくできるよう連絡してくるのが夕方や夜になることもあります。自身の健康への心配、家族への思いとともに、新型コロナと台風という二つの課題と奮闘するマぺさんに対して、敬意と、そして赤十字に携わる仲間としての共感を感じています。 

先週に引き続き、2回にわたり、それぞれ別の国の事業を担当する3人の職員による対談をお送りしました。世界中が共通の新しい課題に直面しており、人道機関にとってもシナリオが描けない難しさがあります。しかしその中でもコミュニティの津々浦々に広がる赤十字のネットワークをもって、弱い立場に置かれた人々のいのちと健康を守りたいと日々考えています。

これまでの形で現地で活動することが出来ない今だからこそ、考えることも多く、また多くの赤十字社がいつもとは違った形でそれぞれの社会にあった支援を模索する毎日が続いています。

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日本赤十字社の新型コロナウイルスに対する活動はこちらをご覧ください。

救うを託されている