敵味方の区別なく、最も助けが必要な人を優先して救護する
赤十字の誕生は、スイス人のアンリー・デュナンが、1859年イタリア統一戦争の激戦地ソルフェリーノで放置された死傷者を目の当たりにして、「傷ついた兵士はもはや兵士ではない、人間である。人間同士としてその尊い生命は救わなければならない」という信念のもと、傷病兵の救護活動にあたった経験から始まりました。デュナンは、「人間の命を尊重し、苦しむ人を敵味方の区別なく救護する」ことの必要性を訴え、この思いを受けて1864年に戦争犠牲者の保護・救済のためのジュネーヴ条約が調印され、国際赤十字(現在の赤十字国際委員会(ICRC))が誕生しました。
今日「国際人道法」として知られるジュネーヴ条約は、世界196の国が加盟しており、世界で最も多くの国が参加する国際規範です。紛争は、2つないしそれ以上のグループによる衝突によって起こりますが、国と国との争いである国際武力紛争の場合もあれば、一つの国の領土内で起きる内戦である場合もあります。そのどちらにおいても国際人道法を遵守することが求められ、ジュネーヴ条約の下赤十字は、人間のいのちと健康、尊厳を守るため、いかなる差別もせず、最も助けが必要な人を優先する「公平」、且つ一切の争いには参加しない「中立」の立場を維持して救護活動を行っています。
クーデターから1年のミャンマーは今
日本にいると、戦時のルールである「国際人道法」をなかなか普段の生活の中で感じる機会が少ないですが、同じアジアのミャンマーでは昨年の2月から続く軍部のクーデターにより依然として緊迫した人道状況にあります。赤十字は武力紛争や暴力の影響を受けている地域において国際人道法に基づく中立・公平の人道支援活動が実施されるよう働きかけています。
継続する暴力や武力衝突で多くの市民が死傷、国内避難民となっている状況の中で、ミャンマー赤十字社はICRCやその他国際機関などと協力し、支援が必要となるすべての州において食料や生活必需品などの配付に加え、暴力に巻き込まれた人々に対する応急処置や救急車サービス、心理社会的支援(こころのケア)の提供等引き続き最前線で活動を続けています。国際社会からの支援が制限される中いのちを守るための活動を確実に続けるために、国際人道法は必要不可欠といえます。
シャン州で救援物資を配付する赤十字ボランティア ©ミャンマー赤十字社
武力紛争により深刻化するウクライナ人道危機
2月24日以降、新たな局面を迎えたウクライナにおける戦闘では、ウクライナおよび近隣諸国の人道状況が急速に悪化。今回の事態は今後数年間でヨーロッパ最大の人道危機になる恐れがあると指摘されています。約8年にわたる紛争において、ICRCを中心として赤十字が紛争地、紛争当事者に向けて強く訴えているのも、やはり「国際人道法」の遵守です。紛争において紛争当事者による戦闘の方法・手段は無制限ではありません。攻撃は軍事目標のみに限定し、人口密集地での爆発性兵器の使用といった、文民(一般市民)とその生活インフラに過度の損害を与える無差別な攻撃兵器の使用や攻撃は国際人道法で禁じられます。また、文民や民用物は攻撃からは区別され、その生命を支えるための中立・公平な医療・人道支援活動は尊重され、保護されなければなりません。しかし、今回、一般市民への被害が拡大し、300万人以上(UNHCR:3月15日時点)が周辺諸国へ避難する事態となっています。
(写真)ポーランド・プシェミシルの駅にてウクライナからの避難民への支援 (C)オランダ赤十字社
現在、ウクライナにおける紛争の犠牲者のニーズに対応するため、国際赤十字・赤新月運動(ICRC、国際赤十字・赤新月社連盟、各国赤十字・赤新月社)が一丸となり、国内避難民や周辺諸国に避難した難民への医療支援や食料・生活用品の配付、離ればなれになった家族の再会支援などを行っています。
平時における国際人道法普及の重要性
国際人道法は、現実の戦禍を目にすると現実的ではないと思われる人もいるかもしれません。しかし、ジュネーヴ条約に現在国連加盟国より多くの国が加盟している事実を考えた場合、これまで経験してきた過去の多くの紛争の惨状を繰り返さない、つまり、「紛争地で救うことができたはずの多くのいのちがあった」という想いが今日の国際社会では共有されているというふうに考えることもできます。国際人道法を多くの人が知り、支持することが、紛争当事者にその遵守を促し、民間人を守ることにつながります。過去の過ちを繰り返さないためにも、そして危機的な状況の中でも一人でも多くの命を救うためにも、「戦争にもルールがある」という共通認識を広め、国際人道法のメッセージを紛争当事者を含む社会一般に広めていくことが重要です。
日本においても、国内における国際人道法の履行及び普及を目的として、日本赤十字社(以下「日赤」)と外務省の共催で、関係省庁、ICRC、有識者等が参加する国際人道法国内委員会を開催(直近では、2022年2月9日にオンライン会合を開催)しています。また、日赤内においても、普及を担う人材育成のための研修を実施しています。
日本は幸いにも紛争の直接的経験から80年近く遠ざかっていますが、ミャンマーやウクライナに限らず世界の現状を踏まえ、想像力をもって他人の苦しみに関心を持っていただきたいと思います。国際人道法は、自分、他人、そして多くの人のいのちと尊厳を守るためのルールです。赤十字では「無関心」を人道の敵の一つとして戒めています。一人でも多くの皆さんに関心を持ち続けていただきたいと心から願います。
「ウクライナ人道危機救援金」募集中
受付期間: 2022年3月2日(水)~2022年5月31日(火)
使 途 : 国際赤十字・赤新月社連盟、赤十字国際委員会、および各国赤十字・赤新月社が実施する、ウクライナでの人道危機対応及びウクライナからの避難民を受け入れる周辺国とその他の国々における救援活動を支援するために使われます。