バングラデシュ:避難民支援と「こころのケア」活動

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日本赤十字社(以下、日赤)は、ミャンマー・ラカイン州で発生した暴力行為を逃れ隣国バングラデシュへ避難してきた人びとの命と健康を守るため、2017年9月以降現在まで保健医療を中心とした支援を続けています。基礎保健緊急対応ユニット(以下、ERU)第1班の派遣時から「心理社会的支援(こころのケア)」活動を開始し、2018年5月以降はデンマーク赤十字社(以下、デ赤)と協働して、避難民キャンプ(以下、キャンプ)内での心理社会的支援を行っています。

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院の中島理学療法士は、バングラデシュ南部避難民救援事業のERU第2班、第5班に参加し、心と体の健康は密接に関係していることを強く感じました。以下は、20221月から再びバングラデシュに派遣され、「心理社会的支援」要員としてバングラデシュ南部避難民支援の最前線で活動する中島要員による報告です

※国際赤十字では、政治的・民族的背景及び避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。

■心理社会的支援の理念「こころの健康なくして、健康はない」

 私(中島)は、現在デ赤とともに避難民キャンプでの心理社会的支援活動を行っています。デ赤は“There is no health without Mental health(こころの健康なくして、健康はない)”のコンセプトのもと、キャンプにある赤十字・赤新月社が支援する全ての医療施設において2022年から「心理社会的支援」の導入を目指しています。

その先駆けとして日赤が支援するキャンプ12診療所(以下、診療所)での「心理社会的支援」を開始しました。診療所において、身体だけでなく精神的なケアや治療の提供を通じて患者の心身両面の健康の向上を目指しています。

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キャンプ12診療所にて(右:中島要員)©日本赤十字社

■避難民ボランティアの声:「私たちには未来がない」

2017年の緊急救援時から日赤が支援する診療所で現在まで一緒に働いている避難民ボランティアのゴニさんはキャンプでの生活についてこう話します。

「私はここ(診療所)で患者や医療スタッフの同僚たちと交流出来るし、人のために何か出来ていることで気持ちが落ち着きます。でも、診療所から家に帰ると色々な心配事が浮かんできて、考えすぎて眠れないこともあります。近所の人の中には、仕事もなく、他にすることもなく、精神的に段々おかしくなっていく人たちもいます。

心配なのは子どもたちの教育のことです。キャンプの中では正式な教育が受けられず、今後も受けられるかは分かりません。ミャンマーに帰りたいけれど、本当に帰れるのか、ここにいつまでいるのか、今後どうなるのかも分かりません。私たちには未来がないのです」

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避難民ボランティアとして活躍するゴニさん(コロナ禍以前の写真)©日本赤十字社

■診療所における「心理社会的支援」導入と提供

支援の新たな選択肢としての可能性「他の人には言えないことを話せてうれしい」

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PSS担当のサイマ職員へ研修を行う中島要員©日本赤十字社

最初の取組みとして、困難な状況にある人々の困りごとや悩みなどを聞いて必要な支援・サービスに繋げる心理的応急処置(PFA:サイコロジカル・ファースト・エイド)を診療所で導入しました。

まず診療所の医師たちと、どのような症状の人にPFAを提供するかなどの議論を行い、PFAに使う部屋の設置、さらに診療所でPFAを提供する心理社会的支援スタッフのサイマ職員への研修など、様々な準備やシステム作りを経て、ようやくPFAの提供が開始できました。

患者の中には、「持病が悪化するのではないか不安」、「夫と息子を亡くし、時々悲しくなる」などの訴えを口にする人が多くいる一方で、「もっと薬や物がもらえるなら受ける」、「話を聞いてもらうだけならPFAはいらない」など、治療イコール投薬であるという意識が強く、またPFAに対する認知の低さから、本人にPFAを受ける意思がないケースもありました。しかし、患者の中には「他の人には言えないことをここで聞いてもらえてうれしい」と言う人もおり、不調を訴える患者にとって、PFAが状態を改善させる一つの選択肢となり得ることも感じています。

「エク(いち)、デュイ(に)、エク(いち)、デュイ(に)」

診療所に来る患者の中には非感染性疾患を持つ方も多いことから、診療所の地域保健チームと協働し、非感染性疾患(特に糖尿病患者)に対する運動セッション(Your Exercise SessionYES-)の導入を進めました。患者に対する運動セッションを行うことによって、患者の身体的な状態改善を図るだけでなく、ストレス軽減やグループで運動を行うことによるピアサポートを促す狙いがあります。元々避難民は運動する習慣が少ないと言われており、運動の継続性を図るために診療所では同じ疾患を持つ患者さんとともに、自宅では家族や友達と一緒に行ってもらう(一方が手拍子でリズムを取り、もう一方が運動をする)こととし、また狭い自宅内でも行える運動を考案しました。

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スタッフ、避難民ボランティアと共にYour Exercise Session(YES)の練習を行う中島要員©日本赤十字社

運動セッションの指導者育成を目的とした研修では、皆モチベーションが高く積極的に話し合いに参加し実際に体を動かしましたが、1つ予想外のことが起きました。

避難民ボランティアたちはリズムを取ることなどの経験が少なく、手拍子のリズムがどうしてもずれてきてしまいます。そのため心理社会的支援スタッフが「エク(いち)、デュイ()、エク(いち)、デュイ()」と言葉で先導しながら、まずはみんなでリズムを取る練習から開始し、少しずつ運動の順序も覚えるなど、日々の練習を重ねています。

まずは診療所において、地域保健スタッフが患者対象の運動セッションを開始し、今後他の医療施設、また非感染性疾患の人びとだけでなくコミュニティ全ての人々を対象とした運動セッションを行えるよう活動を広げていきたいと考えています。

■子ども、青年、成人に対する多様な「心理社会的支援」活動

「心理社会的支援」は診療所だけで提供するものではなく、様々な活動と組み合わせて行われています。キャンプ14の「コミュニティ・セーフ・スペース」では2018年からデ赤と日赤が協働で多様な「心理社会的支援」活動を行っています。

子どもたちはお絵描きやブロック遊びなどのレクリエーションを通じて創造力や対人関係スキルを培います。少女や成人女性はミシンなどを使って自分の衣服やバッグなどを作り、悩み事を打ち明けられる仲間を得ています。また青年を対象とした英語のレッスンや成人の男性・女性が困っていることや問題に対して自分たちに何ができるかを話し合うグループセッションも行われており、困難に立ち向かう術を育んでいます。

さらに、避難民ボランティアたちが地域の各自宅を訪問し、困っていることがあれば必要なサービスに繋げることや新型コロナウイルスを含めた様々な感染性疾患の予防方法などの案内も行っています。

これらの活動を心理社会的支援スタッフ、避難民ボランティアと共に話し合いながら実施し、必要に応じた活動の見直し、追加、改善を進めています。

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型紙がうまく出来たから写真を撮ってと見せてくれた参加者の女の子©日本赤十字社

避難民の人びとはキャンプ外に自由に出ることが出来ず、また正式に教育を受けることや、仕事をすることも認められていないため、受け身の生活を強いられています。長引く避難生活や未来の不透明さなどによるストレスが増大する中、より深刻な状態に陥ることを予防するための活動や必要な医療を受ける活動の重要性がますます高まっています。避難民の方の声を聞いて、彼らの必要な支援に繋げていくためにも、皆さまの暖かいご支援をお願いいたします。

日本赤十字社は、ミャンマーからの避難民の心身の健康と尊厳を守るため、下記のとおり救援金を受け付けています。皆さまの温かいご支援をどうかよろしくお願いいたします。

※なお、日赤へのご寄付は、税制上の優遇措置の対象となります。詳しくは税制上の優遇措置をご覧ください。

(税制上の優遇措置について)

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