バングラデシュ南部避難民保健医療支援 避難民大量流入から5年:日赤支援の軌跡とこれから

画像 2017年流入直後の避難民キャンプの様子©JRCS

 2017年8月、ミャンマー・ラカイン州における暴力から逃れるため、多くの人が隣国バングラデシュ南部へ避難を始めました。ジャングルだった場所は切り拓かれ、ビニールシートと竹で作られた仮設住居の広がる避難民キャンプになりました。以前から滞在していた避難民と合わせ、約90万人がコックスバザールで生活しています。あれからもうすぐ5年となる今も、ミャンマーへの帰還は実現せず、避難民は経済活動や社会生活において大きく制約を受けながら暮らしています。

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レンガで舗装されたキャンプ内部の道路©JRCS

 

一方、キャンプ内部の変化には目を見張るものがあります。大きな道はレンガで舗装され、むき出しの斜面に植樹された木々が育ちつつあります。また、人通りの多い道の両脇には野菜や果物を売る露店や雑貨屋、茶店、食堂などが並び、キャンプの中で経済が回っていることを実感させます。

 避難民の大量流入から5年、日本赤十字社(以下、日赤)の支援は現場のニーズにどのように対応し、変化してきたかを振り返ります。

■2017年9月~2018年4月:避難民の救命と爆発的な人口増への対応

 2017年9月、ミャンマーからの避難民がバングラデシュに続々と到着する中、日赤は現場のニーズに応えるため緊急医療チームを派遣することを決定しました。2018年4月までの8カ月間、現地バングラデシュ赤新月社(以下、バ赤)の医療者等と協力し、日赤から医師、看護師、助産師、薬剤師、心理社会的支援(こころのケア)要員、事務管理要員など120名の要員を派遣し、キャンプ内4カ所で避難民の命を守る巡回診療等を行いました。

 この初期の段階から数多くの避難民ボランティアが支援事業をサポートしており、少なくない数のボランティアが今も様々な形でサポートを続けてくれています。

 2017年12月にはレントゲン撮影や簡単な手術ができる仮設診療所を開設し、バ赤や避難民ボランティアと共に質の高い医療の提供を開始しました。複数のキャンプでの巡回診療や地域保健啓発活動も行いました。

 また、母国での暴力等で心に傷を負ったり、バングラデシュでの不慣れな環境や先の見えない生活に不安を感じている避難民に寄り添う活動(心理社会的支援、「こころのケア」)にも早い時期から着手しています。こころのケアを受けた避難民の男性が発した一言から、妊産婦を対象とした家庭訪問が始まるなど、人々が持っている力を引き出す姿勢と現場のニーズへ対応する柔軟性はこの時期の活動の特徴と言えます。日赤がこの期間に支援した人の数は8万人余りに上ります。

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バングラデシュ人医師と共に治療にあたる日赤看護師©IFRC

■2018年5月~2020年3月:避難民のレジリエンス*向上のための支援

*逆境から立ち上がる復元力・回復力

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子どもの栄養状態を調べるため上腕を計測する地域保健ボランティア(避難民)©JRCS

 バングラデシュにおける避難生活が長期化の様相を呈していたことから、2018年5月、日赤はバ赤と共に、避難民と地元コミュニティの自助や共助及びレジリエンスの強化を目的とする中期保健医療支援事業(第一期)を開始しました。バングラデシュ人の医療者の育成や医療施設の整備に力を入れると同時に、避難民がボランティアとして地域の人々の健康促進に取り組む活動(地域保健活動)を開始しました。

 また、より良い活動にするためデンマーク赤十字社(以下、デ赤)から技術支援を受け、こころのケア活動を現在まで継続しています。

 2019年9月には在バングラデシュ日本大使館の草の根資金協力を得て、サイクロンなどにも耐えうるプレハブ式の診療所が完成しました。

 近隣の人々から親しみを込めて「ジャパン・クリニック」と呼ばれるこの診療所は、一般的な診療と母子保健サービスを提供、薬も無料で提供しています。利用者数は年間約2万5千人にも達します。診療所では対応できない患者に対しては、より高度な医療を提供する近隣の医療施設を紹介しています。

 2020年初頭から世界全体に広がった新型コロナ感染症の影響はバングラデシュにも及び、2020年3月には日赤から現地へ派遣されていた看護師および事務管理要員の3名全員が帰国を余儀なくされ、現地の医療保健支援活動はバ赤医療スタッフと避難民ボランティアに引き継がれることとなりました。

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多くの人が利用する日赤支援の診療所©JRCS

■2020年4月~2022年3月:新型コロナ感染症流行を受けた暫定措置

 本来であれば2020年4月から新たな事業計画のもと第二期として開始されるはずだった日赤の支援活動は、コロナ禍を受けて暫定的に第一期事業の活動を継続することになりました。その間は、日本からの遠隔サポートで様々な課題を解決しつつ、バ赤医療スタッフと避難民ボランティアの80余名が力をあわせ、医療及び保健サービス提供を継続することができました。幸い約一年後の2021年5月には、日本からの派遣が再開されました。現地に日本人を誰も派遣できないという予想外の事態は、結果的にバ赤の自律性及び事業管理体制の強化を促したとも言えます。

■2022年4月~2025年3月:避難民のレジリエンス向上と地域支援

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生活習慣を変えるためのセッションを実施するバングラデシュ人医師と日赤要員©JRCS

 キャンプにおいて避難民を対象とした医療保健支援を行う中で見えてきた新たな課題もあります。

例えば、避難民流入直後(急性期)と比較し、慢性疾患を抱えて受診する患者の数が徐々に増えています。背景には密集したキャンプ生活の影響による運動不足や、配給食料に頼らざるを得ないことからバランスの良い食事を摂ることが難しいなど、避難民キャンプ特有の問題が垣間見えます。また、新生児死亡や妊産婦死亡といった母子保健にかかる死因が少なくないことも特徴と言えます。

 新型コロナ流行前に日赤が行った調査では、急性期と比較し身体的不調を訴える避難民は減少した一方、気分の落ち込みや緊張等の精神的不調を訴える割合が大きく増えていることが判明しました。

 バングラデシュの中でも貧しい地域の一つであるコックスバザールでは、大量の避難民を受け入れたことで社会の脆弱性が高まり、避難民との軋轢が強まるなど、キャンプのみならず外部コミュニティへの影響も目立ちます。

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こころのケアを目的とした少女向け活動に参加した女の子とボランティア©JRCS

 これらの状況を踏まえ、2022年4月から2025年3月までの3年間(第二期事業)は、診療所における母子保健を含む保健医療サービス提供の継続、避難民ボランティアによる地域保健活動の実施、診療所、地域保健並びに心理社会的支援の連携による包括的な患者支援体制の整備等を通じて避難民が安心で健康的な生活を送ることができる環境の整備を目指しています。

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受付や通訳、医薬品の受け渡しなど診療所運営の重要な役割を果たすボランティアの皆さん©JRCS

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コミュニティ・スペースで漁網を編む男性 ミャンマーでは漁業と農業で生計を立てていた©JRCS

■忘れられるわけにはいかない

 この5年間でも世界には様々なニュースが飛び交い、当然のことながら人々の関心は新たな災害や人道危機に向けられます。それでも祖国を逃れた避難民は家族を守るために日々の困難に立ち向かい、現地では彼らを支える活動が続いてきました。日赤は今後も現地に根を張る現地の赤十字社(バ赤)とともに、避難民の支援を続けて行きます。今後はバ赤(特に保健医療部門)の事業実施能力の強化を進め、難民を受け入れている外部コミュニティに対しては、国際赤十字・赤新月連盟を通じて、2022年9月頃から地域保健活動を開始する予定です。

※国際赤十字では、政治的・民族的背景及び避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。

 日本赤十字社は、ミャンマーからの避難民の心身の健康と尊厳を守るため、支援活動を行っています。皆さまの温かいご支援をどうかよろしくお願いいたします。

※日赤へのご寄付は、税制上の優遇措置の対象となります。詳しくは税制上の優遇措置をご覧ください。

(税制上の優遇措置について)

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