フィリピン保健医療支援~住民自らが取り組む健康問題と疾病予防を支援
日本赤十字社(以下、日赤)は2015年8月21日~2016年2月17日、フィリピン共和国(以下、フィリピン)での保健医療支援事業に、第22次派遣要員である名古屋第二赤十字病院(愛知県名古屋市)の高橋陽子看護師と大分赤十字病院(大分県大分市)の若林薫看護師を、それぞれフィリピンのヌエヴァ・ヴィスカヤ州とオーロラ州に派遣しました。
両看護師が活動を終えて帰国し、本社(東京都港区)で帰国報告会を行いました。
高橋看護師は前派遣要員を引き継ぎ、活動前の事前調査や住民参加型の地域アセスメント(※1)を実施し、それをもとに健康教育の計画を立案しました。
また、フィリピン赤十字社の支部スタッフやボランティアに対して、手洗いなどの公衆衛生の指導、医療機関搬送前の外傷ケアの講義を行い、知識・技術の向上に貢献しました。
若林看護師は、住民やボランティアとともに地域の健康問題の調査後、教育が必要な項目を選定し、健康教育の計画を立案。さらに、子どもを対象に手洗いの指導、デング熱の予防指導を実施しました。
両看護師の活動は次の派遣要員に引き継がれて今後、各村の住民の健康に関する知識・技術を向上させるべく、健康教育などを実施していきます。
派遣期間中に両看護師は3度の台風被害に遭遇。特にオーロラ州は被害が大きく、救護員として、被害状況の調査や救援物資の準備・配付などを行いました。
「『苦しんでいる人を助けたい』という気持ちが原動力」
若林看護師が出会った赤十字ボランティア
両看護師は、日本とはまったく異なった環境下で活動を行いました。若林看護師が派遣中に直面した出来事を紹介します。
若林看護師より
ディラサグ郡の赤十字ボランティアのリーダーであるアテ・ヴィーダさん(女性)の息子さんが2015年12月、交通事故に遭い、脊椎損傷でマニラの病院で闘病生活を送っていました。私は入院先の病院を見舞いに訪れ、マニラの中心にある大病院の現実を目の当たりにしました。
病室の壁は途中までしかなく、上部が隣室と通じており、酸素や吸引の接続部分らしきものがありますが、中央配管が機能していないといった状態でした。6人ほどの重症患者さんと一般患者さんが、同じ病室で管理されていました。そういった病室が10室ほどある病棟に看護師は一人しかおらず、それぞれの患者さんのベッドサイドでは、家族がつきっきりになって看病していました。
ヴィーダさんの息子さんは自発呼吸ができず、挿管されていましたが、人工呼吸器がないために家族が休むことなくアンビューバッグ(※2)を押していました。家族に呼吸回数や呼吸量などの知識があるはずはなく、酸素飽和度を計測する器械もなく、体位変換をされることもなく、ただ寝かされていました。
また、エレベーターでは、自分でアンビューバッグを押す患者さんの姿さえ見られました。日本ではとても考えられないことが、マニラの中心の大病院で当たり前のように行われていました。
私はヴィーダさんにかける言葉がみつからず、ただただ、「息子さんの回復をお祈りします」と伝えるのが精いっぱいでした。残念ながら、彼はクリスマス直前に息を引き取りました。
今年1月、延期していたボランティア対象のクリスマスパーティーに来てくれたヴィーダさんは、ほかのボランティアたちの前で、「私は、お金とか報酬とか、そんなものを何一つ得られなくても、赤十字のボランティアを続けます!」とお話しされました。
彼女は決して幸せな人生を歩んできたわけではありませんでした。夫から暴力を振るわれて別居し、息子さんにも先立たれてしまい、今の彼女からそのような力強い言葉が出てくるとは夢にも思いませんでした。私がその理由について尋ねると、彼女は少し戸惑ったように笑って、『誰かを助けたいから。そして、相手を大切にすることで、自分も愛されるから」と答えました。「苦しんでいる人を助けたい」という純粋な気持ちがヴィーダさんを動かす原動力となっています。
長年にわたるボランティアの中には、「報酬はなくても、自分たちのコミュニティーをもっとよくしたい」という思いを持った方が大勢います。このような人たちが、これからコミュニティーを引っ張っていくことを期待します。
両看護師は、文化の違いや事業地の環境などに難しさを感じながらも、住民からの喜びの声やボランティアの自立していく姿に感動し、活動してきました。
この事業では、これまでに日赤は41人の看護師らをフィリピンに派遣してきました(現地医療機関での看護業務は行っていません)。
第23次派遣要員として現在、日赤医療センター(東京都渋谷区)の黒川寛子看護師と石巻赤十字病院(宮城県石巻市)の後藤嘉代子看護師を派遣しています。
※1 地域の現状を知り、問題・課題やニーズを把握すること
※2 手動で人工呼吸を行うための医療機器
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