無医地区に灯をともして 移動診療車が行く!~日赤へき地医療拠点病院の活動~
学校がなくなる、商店がなくなる、そして医者もいなくなる――。
それでも、受け継いできたその土地で生きていく人々がいます。
今回は、へき地で暮らす人々に寄り添う、広島県・庄原赤十字病院の取り組みをご紹介します。
【へき地医療とは?】
へき地とは、山間部や離島など、交通条件および経済的、社会的条件に恵まれない地域を指します。そういった地域では、医療の確保が難しく、無医地区も少なくありません。日赤では全国に91ある赤十字病院の中で、17施設が国から「へき地医療拠点病院」として指定されています。
住み慣れた場所で、この先も
ずっと生活できるための
手助けを
庄原赤十字病院
総合診療科医師
竹村 優李(たけむらゆり)さん
庄原赤十字病院に勤務して1年目。出身は広島市で、研修医時代にこの病院で巡回診療の実習を経験したことが、今につながっています。巡回診療では、大きい検査をすることはできませんし、持ち運ぶ薬にも限りがあります。月に1度のペースで診ていく中で、気になることがあったら病院で検査をしてもらうのですが、山間部で暮らす方々は病院に来るのも1日がかりで、大きな負担になるので、来院検査の見極めを慎重にしています。巡回診療の担当になったばかりのころはあまり話してくださらなかった方が、家のことや仕事のことなども積極的に話してくれるようになるとうれしいですね。皆さん高齢ですから畑仕事も無理をしてほしくないですが、育てている果樹や畑への思いを感じると、その人の人生に触れているような気持ちにもなります。健康はもちろん、その人が大切にしている、住み慣れた環境での生活を維持していくために、巡回診療が少しでも役に立つことを願っています。
「自分たちは忘れられていない」
移動診療車が
住民の心のよりどころに
庄原赤十字病院
医療社会事業課長
藤原 由佳里(ふじわら ゆかり)さん
私は庄原市で生まれ育ち、私自身も雪が積もると身動きが取れなくなる地域から病院に通勤しています。巡回診療を行っている帝釈地区は過疎化が進んで、今ではバスも予約しないと運行しないような不便な生活環境ですが、それでも、住人にはそこで暮らしたい理由があります。私たちが巡回診療を続けることで、「自分たちを気にかけてくれる人がいる。忘れられていない」という希望の光になれればいいなと思っています。
庄原市帝釈(たいしゃく)地区
移動診療車による巡回診療に密着!
広島県内の53の無医地区のうち、23の地区が集中する庄原市。庄原赤十字病院にある移動診療車は、地域内の複数の病院が巡回診療で利用しているため、フル稼働。竹村医師の巡回診療の一日を追い、患者さんたちの声に耳を傾けました。
[ 患者さんの声 ]
表 良則(おもて よしのり)さん・70代
「今日は、いつもの血糖や血圧のチェックだけでなく、人間ドックで見つかった膵臓の精密検査の結果を聞きに来ました。不安でしたが結果良性だったのでホッとしました。この地域は高齢化率61%、80歳以上が4分の1にもなり、私を含め足が悪い人も多いので移動は大変です。皆、この巡回診療には大変感謝しています」
田邉 輝満(たなべ てるみつ)さん・70代
「妻が50代で大病をしたこともあり、夫婦共々できるだけ長く健康でいるために、気になることはすぐに相談したいと思っています。今日は内視鏡の予約を取りたくて。電子カルテが病院のシステムとつながっているので、すぐに検査の空き状況が分かり、予約も取れて助かりました」
井上 信宏(いのうえ のぶひろ)さん・80代
「庄原赤十字病院まで行くと移動にも時間がかかるし、病院でも長い時間待たなくてはいけないので1日がかり。近くに来てくれるのは助かりますよ。月に1度ですが、同じ先生が診てくれるので安心です」
川邉 力男(かわべ りきお)さん・90代
カヅ子さん・80代
「りんご農園を始めて約50年。畑仕事をしているとけがも絶えず、体力の限界も感じていますが、小さな苗から育て上げたりんごの木を見捨てられません。巡回診療に来てくれるおかげで、なんとか体のケアをしながら維持していくことができます」
巡回診療こそ、
へき地の“希望の灯”
地域の人々の生き方を
尊重するために
庄原赤十字病院
院長
中島 浩一郎(なかしま こういちろう)さん
巡回診療は40年ほど前から行っています。当初は週に1度の診療で20人もの利用者がいたものの、年々利用者が減り、院内でも「もう巡回診療は必要ないのではないか?」という意見が出たことがありました。利用者の声も聞いてみようと耳を傾けたところ「行かなくなったんじゃない。行けなくなったんだ」という意見が。ハッとしました。ある患者さんは「バス停まで4キロ歩いて、1日数本しかないバスに乗り、やっとのことで巡回診療が来る集会所にたどり着く」と、診療までの道のりが果てしなく遠いことを知らせてくれました。高齢になるほど、遠距離の移動が厳しくなる現実があります。打開策を思案しているところに、広島県から、地域医療再生基金を活用するアイデアの募集があり、病院職員から「移動診療車はどうでしょう?バス型であれば、さまざまな地域に医療を提供することができる上、災害時には日赤の救護活動にも活用できます」と提案が。この意見が実を結び、移動診療車が誕生しました。病院が遠いのならば、近い場所に居を移せばいいという考え方もあるかもしれません。しかし、私たちはそこに住む人たちのこれまでの人生や生き方を尊重していきたい。以前、救急車で運ばれてきた患者さんから「暗闇の中で赤十字のマークが灯っているのが見えてきたときに、救われた気持ちになった」という言葉をいただいたことがありました。まさに私たちの使命は、庄原市で医療の灯をともし続けること。そして、無医地区の人々にとっては、移動診療車は希望の灯。これからも、その灯を守り続けていきます。
「この地域は、自分たちで守る」
庄原赤十字病院の巡回診療
広島県は、全国の中でも無医地区が多く、特に、中国地方のほぼ中央に位置する庄原市は、過疎化・高齢化が進むとともに、無医地区が増加し、社会的環境は厳しさを増す一方です。庄原赤十字病院では、約40年前から巡回診療を開始し、10年前からは移動診療車を導入して、週に2日、1日あたり2カ所のペースで、6つの地域の巡回診療を行っています。なお、この移動診療車は、庄原市に隣接する2市・1町でも活用され、庄原赤十字病院を含めて5つの病院が連携し、連日運行しています。