バングラデシュ:フィールド・ホスピタルでの活動~外科医がそこで見て感じたこと~
2017年9月以来、日本赤十字社はバングラデシュ南部の避難民キャンプで巡回診療を行うとともに、現在は診療所を運営しています。適切な医療を届けるには、近隣の医療施設との連携が不可欠です。その一つがフィンランドとノルウェー赤十字社が運営するフィールド・ホスピタルと呼ばれる野外病院。同病院で外科医として活動した米川佳彦医師(名古屋第二赤十字病院)にインタビューしました。
※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。
フィールド・ホスピタルとはどのようなところなのでしょうか。
私たちが拠点としているコックスバザールの町から車で約1時間半、南下すると右手に見えてくるのが避難民キャンプです。そして道路を挟んで左手にあるのが昨年10月にノルウェーとフィンランド赤十字社が設置したフィールド・ホスピタル。昨年8月末以降、67万人もの人々が安全を求め、バングラデシュに避難してきています。従来この地域で「病院」と呼べるところはたったの一つだけでした。急激に増加した人口に対してこの病院一つだけでは対応しきれません。そこで手を挙げたのが赤十字でした。
診療の質、更には対応できる疾患も幅広いのがフィールド・ホスピタルの特徴です。特に外傷や産婦人科の病気は、同病院で対応できないことがあるとすれば地元の唯一の病院でも対応は困難です。コックスバザールや車で4時間はかかるチッタゴンの基幹病院に行かなければなりません。避難民にとってまさに「最後の砦」となる病院なのです。
どのような患者さんが来るのですか。
患者さんは赤ちゃんから高齢者まで毎日150-180人ほど来ます。まずは、バングラデシュ赤新月社の医師が診察し、必要に応じて外国人の医師に相談して診断や治療方針を決定します。このようにしてバングラデシュ赤新月社の医師の育成もしています。フィールド・ホスピタルが対象としているのは、近隣の医療施設から紹介されてくる、救急処置や高度な手術を必要とする患者さん。避難民キャンプの中で運営している診療所で対応しきれない患者さんが来院した際は、日赤も患者さんをフィールド・ホスピタルに搬送しています。トムトムと呼ばれる三輪オートバイによる交通事故や、舗装されていないキャンプの中での転倒などに起因する骨折や外傷が特に多かったです。また、緊急帝王切開を要する妊婦さんが1日に2~3人は運ばれてきます。スタッフは同じ敷地内に寝泊まりしていますので、24時間いつ呼ばれてもいいように常に無線を持ち歩き、緊張しながら活動をしていました。
医療施設間での連携が大切なのですね。
私はもともと日赤の巡回診療活動に携わっていたのですが、急きょフィールド・ホスピタルから外科医の要請があり、4日ほど応援スタッフとして活動しました。赤十字は、巡回診療とフィールド・ホスピタルそれぞれの特徴を活かしながら患者さんに適切な医療を届けています。日赤は避難民キャンプの中で巡回診療活動を展開しており、彼らの家まで赴いて健康相談や妊婦健診なども行っています。病気や怪我そのものだけではなく、彼らの生活環境や健康に関わる様々な要因を探りながら丁寧に対応しています。それぞれ役割を担うことで、患者さんの状態に見合った医療施設で、より良質な医療サービスを提供することができるのです。
活動で印象に残っていることはありますか。
外科医の私が担当したのは主に手術です。手術を行うのは医師1人と看護師4人。医療資機材やスタッフの数も限られているので、工夫をしながらそこにある物や、いる人で対応していかなくてはいけません。
私が一緒に働いていたノルウェーやフィンランド赤十字社から派遣されてきた医師の技術と熱意に圧倒されました。日本でも専門医でないと治療が難しいものも含め、頭から足のつま先まで、どこの病気に対しても手術を的確にこなす姿はとても印象的で、自身の専門領域のみならず、幅広い知識や技術が求められることを痛感しました。一方、治療は可能なのに高度な機器や薬剤を要する心臓の病気や癌の治療はフィールド・ホスピタルでも困難でした。地域の基幹病院に行くとしても金銭の問題があり、「何もしてあげられない」状況にも何度か直面しました。すると患者さんや家族は状況を受け入れ、「それなら最期まで家族と一緒に家で過ごします」と、納得して帰るのです。現実と理想とのジレンマに、ストレスを感じながらも、だからこそのやりがいを感じました。また、バングラデシュで活動するために休暇を取って来ているという医師が何人もいました。そのうちの一人は開業医で、別の医師を雇って診療を継続しながら避難民の支援活動に携わっていることを話してくれました。志高い世界の仲間と一緒に活動できたことは大変刺激的でした。
今後はどのような支援が求められますか。
私のもとに来た、ある20代の男性のことを忘れられません。彼は虐げられて足を骨折。バングラデシュに逃げてきたものの、痛みが残り足を引きずってしか歩けませんでした。家族を支えることもできず、何のために生きているかわからないと診察中に泣き出したのです。
外科医である私が彼のために何ができるのか。足の治療だけでいいのか。本当に考えさせられました。フィールド・ホスピタルで出会った、世界中から集まった仲間とまた活動できるよう、これからも知識と技術を身に付けるだけではなく、どのようにして人々に寄り添う支援を実現できるのかを考えていきたいと思います。