誰も置き去りにしない~アフガニスタンにおける赤十字の人道支援~
2019年12月、永年アフガニスタンで人道支援活動に従事してきたペシャワール会代表の中村 哲 医師が銃撃されました。この事件は赤十字関係者にも衝撃を与え、同国における人道状況が依然として厳しい環境下にあることを改めて示しました。
中村医師が生涯をかけて取り組んでこられた同国の人道状況の改善に向け、同じく赤十字も様々な場面でアフガニスタンの人々の命と尊厳を守るための活動に永年従事してきました。今回はアフガニスタンにおける赤十字活動の全体像と、直面する人道課題をご紹介します。
ニュースにはならなくなった戦争 -赤十字国際委員会(ICRC)の取り組み
2015年10月、アフガニスタン北部の国境なき医師団(MSF)の病院が米軍の空爆を受け多数の命が奪われる悲劇が生じましたが、2019年4月、同国で活動するICRCと世界保健機関(WHO)は国内の情勢不安により活動を中止。ICRCは9月になって活動を再開していますが、同国における人道支援活動は依然として散発的な戦闘行為や不安定な政情・治安情勢により、たびたび阻害される状況が続いています。
そうした環境下におけるICRCの活動の柱の一つが、地雷や不発弾などの犠牲者のリハビリテーション活動。ICRCは同国で30年以上、義肢・義足を必要とする人たちへの支援活動を展開し、2018年の例では国内7つのリハビリセンターで、12,000人を超える新規患者のサポートを行いました。
成長に合わせてこれまで4回義足を変えてきた5歳のアーマッド君もその一人。その「アーマッドのダンス」はこれまで400万回以上リツイートされ、厳しい環境下でも前向きに生きようとする生命の力強さを教えてくれました。
こうした一般市民への犠牲を防ぐためには、治療のみならず予防のための努力も欠かせません。例えば一般市民を無差別に襲う市街地での爆発性兵器の使用。現代戦の多くが市街地で行われるようになっており、戦闘時に起爆しなかった爆発物が戦闘後も不発弾となって無差別に人々を襲い、生活再建の大きな足かせとなっていることが同国においても問題視されています。こうした事態は国際人道法が適切に守られていれば防ぐことができたものであり、紛争当事者に対する国際人道法の普及もICRCの重要なミッションとなっています。こうした昨今の国際人道法の違反行為の頻発を懸念し、昨年9月には、ICRCのピーターマウラー総裁が、国連事務総長のグテーレス氏と共同で声明を発表。「こうした事態(国際人道法の違反行為)がニュースのヘッドラインに上がることはほとんどない。しかし、そうあってはならないと言いたい」との声明を発しました(「市街地における爆発性兵器:文民の被害と苦痛をとめなければならない」、2019年9月18日)。
「今世紀最悪の干ばつ」、「洪水」、「厳冬」 -国際赤十字・赤新月社連盟(連盟)の取り組み
紛争地のイメージが強いアフガニスタンですが、気候変動に起因する災害の影響も深刻化していると言われています。気候変動への対応力を示す「ノートルダム・グローバル適応力指数」(米国ノートルダム大学)によると、アフガニスタンは181か国中173位とワースト9位にあり、また国連開発計画(UNDP)の統計では、同国における経済損失の8割は、厳冬と組み合わさった気候変動に伴う災害が原因とされています。
これを象徴的に示すのが、2018年に同国を襲った「干ばつ」。干ばつは、長期間雨が降らなかったり、降っても異常に少なかったりするため、農作物の生育不良や山火事などの災害をもたらします。今回の干ばつは「今世紀最悪」といわれ、もともと峻険な国土に過去に積み重なった干ばつもあわさり、約30万人のアフガニスタンの人々が住処を追われたと言われています。またこれに重ねて2019年3月には洪水、さらに今年に入っては雪崩の多発も報じられています。これを受け、国際赤十字・赤新月社連盟(連盟)は、各国赤十字社に対して国際的なアピールを発出。その規模は全国34の州のうち22の州における約360万人の人道支援のためのものですが、これに必要とされる800万スイスフラン(約9億円相当)の内、実際に確保できている財源はその半分程度。しかもその内容は緊急用のテントや食糧支援、巡回医療チームにおける医療支援といった非常時の措置であり、人々の生活基盤の安定化にはさらに息の長い支援が必要とされています。
アフガニスタン赤新月社の若手ボランティアが、自分たちの直面する気候変動の影響について伝える動画はこちら。
アフガニスタンにおける住まいを追われた子どもたち、干ばつ、洪水、雪害 ©ARCS
「救うこと」をつづける - 各国赤十字・赤新月社の取り組み
アフガニスタンは今後も降雨減少と平均気温上昇が予想され、1999年と比較して平均気温が4℃上昇、2030年には干ばつが恒常的に発生すると言われています。これは80%近くの人が天水農業と牛の放牧に生計を依存している同国にとって大きな脅威であり、気候変動がもたらす人道的影響への対応も緊要の課題となっていることを意味します。同時に、土地と水をめぐる争いも同国の政情不安の要因と言われることもあり、紛争や自然災害といった人道危機は様々な面で絡み合い、そのためにこれらの諸問題に包括的にアプローチしていくことが重要だと言えます。
その意味で重要な中心的役割を担うのが現地赤十字(赤新月)社であるアフガニスタン赤新月社です。アフガニスタン赤新月社は、同国におけるいずれの紛争当事者からも信頼された中立の人道支援機関としての立場から、紛争当事者への国際人道法の普及や収容所の訪問活動に従事するICRCにとっても不可欠のパートナーです。また気候変動に関連した同社の取り組みとしては、地域に根差した防災・減災活動、赤十字ボランティアの研修、植林活動、気候変動に対する啓蒙活動等が実施されています。
アフガニスタン赤新月社のユースボランティアは洪水等災害の影響
を軽減するための植樹や実際の救護活動等に熱心に取り組んでいる ©ARCS
現在、複数の姉妹赤十字社が、保健衛生、災害対応、組織強化等の切り口からアガニスタン赤新月社の事業を支援しており、日本赤十字社も2016年から同社の地域保健強化事業を支援してきました。しかし、上に述べてきたような気候変動の影響により、従来通りの支援の規模、内容では十分に対応できないような人道環境にますます直面するようになっています。これを裏付けるように、連盟は同国が置かれた人道状況を次のように警告しています。
・アフガニスタンは人道支援従事者にとって世界で最も危険な国の一つであり続けている
・紛争、自然災害、避難民の増加に気候変動が拍車をかけ、更なる人道ニーズを生み続けている。国民の4人に一人が支援を必要としている。
・飢餓と栄養不良が危険なレベルに達しつつあり、2018年以降の干ばつが更なる悪化を招いている。
・とりわけ、女性、子ども、障がい者がより深刻な状況に置かれている。
(IFRC, Emergency Appeal Afghanistan: Drought and Flash Floods, March 2019、またこちら)
激しい戦闘が生じる紛争や地震や台風といった突発的に襲う自然災害とは異なり、こうした気候変動による人道的影響は緩やかに進行するものであり、ときにその影響を可視化しにくいことから、ニュース性に乏しく、人々の関心を集めることが困難です。だからこそ人々に寄り添い続ける赤十字をはじめとする人道支援従事者には、その警鐘を鳴らす責任があるといえるのかもしれません。私たち赤十字はこれからもアフガニスタンの人々に寄り添い、命と健康を守る活動を続けていきます。皆様の継続したお力添えのほど、ぜひともよろしくお願いいたします。