バングラデシュ南部避難民支援:3年目の人道危機
2017年8月にミャンマー・ラカイン州で起きた暴力行為から逃れ、隣国バングラデシュに避難してきた約40万人の子どもを含む約70万人以上の人びとにとって、3年目となるこの8月。現在も、コックスバザール南部に広がる避難民キャンプには約86万人が暮らしています。避難民※は、バングラデシュ政府から「難民」とは認められず、ミャンマーに帰還することも困難な中、避難民キャンプでの過酷な生活を強いられつつ、今も懸命に生きています。
今年は、避難民キャンプでの過酷な生活に追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の拡大によるバングラデシュでのロックダウン措置などにより、避難民キャンプでの医療などの必要不可欠なサービス以外の支援が制限されています。さらに、5月にはバングラデシュ北部を襲った大型サイクロンの余波に見舞われ、7月以降は長引く大雨による被害も発生し、更なる衛生状態の悪化や栄養状態の悪化が危惧されています。日本赤十字社(以下、日赤)は、避難民の方々に寄り添いながら、バングラデシュ赤新月社(以下、バ赤)とともに、避難民キャンプでの支援活動を続けています。今回は、避難民ボランティアであるマカラマさんの声と日赤のこれまでの3年間の支援活動を振り返ります。
※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。
「日赤の支援は、困っている人にとっての命綱です」
避難民ボランティアのマカラマさんのインタビューは、避難民ボランティアのマカラマさんのインタビューは、日赤が支援しているキャンプ内のバ赤診療所で医薬品や衛生用品の管理を担当するバ赤スタッフの薬剤師ナイマさんが行ってくれました。(右写真:マカラマさん©BDRCS)
マカラマさん(35歳)は、キャンプ内の地域保健活動を担う避難民ボランティアの一人です。ミャンマー・ラカイン州のイスラム教徒の家庭で育ち、結婚、子どもにも恵まれ、平穏に暮らしていました。しかし、徐々にその土地での増税や暴力行為が脅威となるにつれ、多くの男性が他国へと移動を始めたと話します。2009年には、マカラマさんの夫もボートでマレーシアへ渡ろうと試みましたが、ボートに乗って以降、夫の消息は分かっていません。人身売買の売人に騙され、そのまま海に放り出されたという噂を聞きましたが、今でも夫の帰りを信じています。夫が不在となった後、失意のどん底でしたが、幼い娘のため、生活のため、何よりも働かなければなりません。幸い、マカラマさんは、中等教育までを修了していたため、人道支援団体での職を得ることができ、何とか生活を送ることができたと話します。
その後、同州での暴力行為は激しくなる一方で、銃撃戦が日常茶飯事となり、マカラマさんも、実家で家族とともに、外出のできない生活を送るようになりました。そして2017年9月、ついにマカラマさんは家族と静かに家を後にします。全財産であった所持品は、道中に全て盗られてしまいましたが、ボートで避難することができました。辿り着いたバングラデシュ南部のキャンプは、すでに何十万もの避難民でごった返しており、まさに「行く当ても、雨を避ける場所も、食べ物もなにもない」状況でした。
そのような中でも、マカラマさんは、誰かの支援を受けるばかりではなく、自分にできることをしていきたいとの思いから、地域保健活動の避難民ボランティアとして活動を始めました。マカラマさんは、「日赤の支援する診療所が一番。医療者は患者さんに家族のように接し、助けが必要なときに、絶対にベストを尽くしてくれる」と話します。全財産や家族の誰かを失った避難民にとって、このように安心して無償で医療保健サービスが受けられる場所があることは、まさに魔法のようなことです。マカラマさんから、診療所の話を聞いて、訪ねてくる地域住民は後を絶ちません。「日赤の支援は、困っている人にとっての命綱です」と、マカラマさんは付け加えました。
3年間の支援活動とこれから
日赤は、2017年9月に緊急支援を開始、緊急医療チームの派遣を始めました。2018年5月からは、避難民や地元コミュニティの人びとのレジリエンス(逆境から立ち上がる復元力、回復力)の強化を見据えながら、中期支援に移行しました。2019年9月には、日赤の支援に加え、在バングラデシュ日本大使館の草の根無償資金協力の支援を受け、避難民キャンプ内(キャンプ12)にこれまでの仮設診療所に代わるプレハブ式の診療所が完成しました。
現在はその診療所を拠点とした診療活動と地域に根差した地域保健活動とを両輪とし、プライマリーヘルスケアの推進を実践しています。また、心理社会的支援(Psychosocial Support; PSS)の分野で豊富な経験を持つデンマーク赤十字社とも現場での連携を図り、バ赤のPSS人材の能力強化や技術移転に力を入れています。現在はCOVID-19の影響を受け、日本人要員が不在ですが、これまで派遣された日赤の医師や看護師らによる指導が成果を結び、地元の医療スタッフ14名、避難民ボランティア72名が主体となり、活動を継続しています。
2018年5月から2020年7月末までに、診療患者数4万9,000人以上、母子保健サービス3,100件以上、地域保健活動として、家庭訪問を7万4,000回以上、健康教育啓発活動を1万回(参加者6万人以上)、PSSでは3万1,000人以上を支援しました(注:いずれも延べ数)。(左写真:診療所での診察©BDRCS)
また、本事業では、地域保健活動についての中間調査(2019年8月)や事業レビュー(2019年12月)を行い、改善点を含め、事業の効果を評価してます。地域保健活動については、救急法などの健康知識や技術の普及において、避難民ボランティアの役割の重要性が確認されています。特に、COVID-19の世界的な感染拡大が続く中、現場にある資源を最大限活かした、自助、共助による避難民ボランティアの働きが、避難民キャンプにおいては何よりも重要です。日赤現地スタッフのウドイ氏は、「医療スタッフをはじめ、避難民ボランティアの人たちもCOVID-19が懸念される中、これまでと変わらず働いています。避難民ボランティアの成長に驚く一方、彼らの能力強化や第三者による客観的な評価も引き続き重要な点であり、どのように実現していくか、考えていかなければなりません」と話します。
避難民キャンプにおけるCOVID-19
バングラデシュは8月13日時点でCOVID-19感染者が約26万人、死者数は約3,500人となっており、毎日3,000人前後の新規陽性者が確認されています(バングラデシュ国立疫学疾病予防調査研究所[IEDCR])。避難民キャンプでは5月14日に初の感染者が確認されてから、これまでに78名の感染者が確認されています(WHO、8月9日時点)。懸念された規模の感染爆発は起きていませんが、避難民の人びとの間では「検査に行くとそのまま隔離される」「一度行ったら家族に一生会えなくなる」「お金がかかるようで心配だ」等の噂が広まり、検査を受ける人自体が少ないという現状もあります。キャンプ内では、SIMカードの登録制度や経済的な理由から、携帯電話を使用できる人は多くなく、また通信状況も芳しくないため、様々な情報が入りにくい状況です。避難民キャンプでは、避難民ボランティアが一軒一軒の家庭を訪問し、COVID-19に関する正しい情報や手洗いの仕方など感染予防法を伝えており、住民からは「正しい情報を伝えてもらえて安心した」との声が聞かれています。現在、バ赤はもちろん、国連やNGOが協力し、隔離治療施設やICU病床の増設を進めており、引き続き、注視が必要です。
ぜひ、みなさまの温かなご協力、ご支援のほどをよろしくお願いします。
バングラデシュ南部避難民救援金を受け付けています
日本赤十字社では、バングラデシュ南部避難民救援金を募集しています。ご寄付いただいた救援金は、日赤が実施するバングラデシュ南部避難民支援に活用されます。皆様の温かいご支援をお願いいたします。詳しくは、こちら。