紛争が奪うもの~ナゴルノカラバフを考える~
今年で75年となる1945年の広島・長崎での原爆投下については、8月6日付の赤十字国際ニュースでも取り上げましたが、世界では今も紛争で多くの人々の命が奪われています。今号では、今年9月に事態が急速に悪化し始めたアルメニア・アゼルバイジャン間の領域を巡る紛争(ナゴルノカラバフ紛争)について国際人道法(詳細はこちら)の観点から着目します。
国際人道法の基本:区別すること
9月27日にアゼルバイジャンとアルメニアの係争地であるナゴルノカラバフをめぐる紛争が始まって約1か月半。両国の間では攻撃用ドローンや長距離ロケットなどが使用され、人口密集地に対する攻撃により多くの一般市民が犠牲になっています。報道される死傷者数は数百人から数千人と幅があり、未だ正確な状況が分かっていませんが、民家が次々と破壊され、住民が避難している学校や病院も攻撃の標的になっています。安全な場所を求め、寒い地下室で昼夜隠れている人々もいると伝えられています。軍事目標と一般市民・民用物を区別しない無差別な攻撃は、国際人道法に反する行為です。
赤十字(赤新月)ボランティアも犠牲に
多くの被害が生じる中、2020年10月28日、避難住民の支援活動にあたっていたアゼルバイジャン赤新月社のボランティア、Maharram Anvar Oglu Mustafayevさん(享年49歳)が活動中にロケットに撃たれ犠牲になりました。Mustafayevさんは、紛争以前から長くアゼルバイジャン赤新月社のボランティアとして人道支援に従事してきました。同日には避難住民のニーズ調査を行っていた同社の女性ボランティア2人も攻撃に巻き込まれ負傷しました。
赤十字ボランティアの訃報を受け、国際赤十字・赤新月社連盟(以下、「IFRC」)のFrancesco Rocca会長は、罪のない一般市民が犠牲になることは断じて容認できないとし、次のように述べました。「国際人道法上、すべての紛争当事者は、一般市民、学校、病院、市場などを保護する義務を負っています。一般市民は攻撃の対象ではありません。私たちは、Mustafayevさんの死と彼の同僚2人の負傷に大きなショックを受けています。心から哀悼の意を表します。」
紛争後も人々のいのちを脅かし続ける地雷
ナゴルノカラバフにおける一般市民の犠牲は、今回が初めてではありません。1990年代に同地で生じた紛争では、多くの地雷が農村部の耕作地に埋められました。そして、その多くは未だに発見されていません。赤十字国際委員会(以下、「ICRC」)によれば、ナゴルノカラバフにおける地雷被害者747人のうち59%が一般市民です。地雷は相手を選びません。地雷被害の特徴は、人々に身体障害を与え紛争後の生活再建に大きな困難を伴うことです。
地雷被害者の一人であるArmen Avetisyanさんは、1995年、車で移動中に地雷の被害にあい、脊髄損傷を負いました。治療には多額の費用が必要となり、貯金のほとんどを使い果たしましたが、ICRCから資金を借り受けて家畜の飼料粉砕機を購入し、農家向けの事業を始めました。赤十字を通じた支援、やりがいのある仕事、そして家族の存在が、Avetisyanさんの生活を支えています。
紛争はその最中に多くの人々の命を奪うだけでなく、その後も長期にわたって人々の心と身体に大きな傷を残し続けるのです。
核兵器禁止条約~ついに来年1月に発効
生物・化学兵器、地雷、クラスター弾の禁止に続き、ついに国際社会で核兵器を禁止する条約が誕生しました。2020年10月、核兵器の開発、保有、使用を禁じる「核兵器禁止条約」を批准した国と地域が発効の要件となる50に達し、条約は来年1月に発効することになりました。核兵器が生物・化学兵器や地雷などの無差別の大量破壊兵器と同じく、違法となるのです。核兵器禁止条約の発効は赤十字にとっても長年の悲願の一つであり、その前文には、条約をめぐるこれまでの、そしてこれからの赤十字の貢献や役割が確認されています。核兵器禁止条約の最終的な目的である核兵器の廃絶に向けて、赤十字は核軍縮を推進する議論に引き続き貢献していきます。
一方で、ナゴルノカラバフにおいて地雷の犠牲となる人々がいるように、兵器を禁じる条約の成立が犠牲者を無くすことに直結するわけではありません(対人地雷禁止条約は1999年に発効されていますが、アルメニア・アゼルバイジャン両国とも同条約の締約国ではありません)。条約の成立は核兵器保有国への働きかけの再スタートと言えます。地雷についても核兵器についても、条約の実効性を真のものとするためには、私たち自身がこれらの問題について今後も関心を持ち続けることが重要なのです。