世界メンタルヘルスデーに寄せて~バングラデシュにおける赤十字の「こころのケア」活動~
毎年10月10日は世界精神保健連盟が定めた国際記念日「世界メンタルヘルスデー」です。これは、世界におけるメンタルヘルス(こころの健康)問題に対する人々の意識を高め、偏見をなくし、メンタルヘルスへの理解の向上を目的とした日です。
日本赤十字社(以下、日赤)は、国内外における「こころのケア」の普及に力を入れており、バングラデシュ赤新月社(以下、バ赤)とともに実施中の「バングラデシュ南部避難民保健医療支援事業」においても、避難民の心身の健康をサポートし、レジリエンス(回復する力)を高めるため、「こころのケア(心理社会的支援)」を大切な活動の一つとして掲げています。今回は、同事業で行っている「こころのケア」について、ご紹介します。
※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。
「今も私たちのいのちの保障はどこにもない」
2017年8月25日のミャンマー・ラカイン州からの避難民の大量流入以降、キャンプ内では、国際機関、国際NGOなどにより、シェルター、食糧配付や保健医療サービスなどの支援が継続的に行われています。2021年は、これら支援機関の共通の支援計画「Joint Response Plan 2021 for Rohingya Humanitarian Crisis」(約9億4300万米ドル規模、約1000億円以上)に基づき、バングラデシュ政府とともに134の国連機関及びNGOパートナーが、約140万人(避難民88万人以上、ホストコミュニティ約47万人以上)を対象に支援を行っています。
写真:一時凌ぎの竹とビニールのシェルターでの生活も4年目が経過(2021年9月撮影)(C)JRCS
緊急支援期に比べると避難民の生活は安定したように見えますが、2020年3月以降、新型コロナウイルス感染症の予防措置により、人道支援含めてキャンプの出入りはエッセンシャルサービス(食糧、医療、インフラ等)のみに制限され、特にプロテクション(保護)や教育の支援が滞った他、治安状況も悪化しました。このような状況で、ある避難民ボランティアからは「今も私たちのいのちの保障はどこにもない」といった声も聞かれます。実はバングラデシュには1970年代後半と1992年にも約20万人近くの避難民が流入しており、長い避難生活を送っています。2017年の避難から4年が経過した避難民はそうした人々の姿も目にし、自分たちの避難生活も何十年も続くのか、「帰れるものなら、ミャンマーへ帰りたい」といった不安を吐露しています。しかし、残念ながら、昨今のミャンマー情勢により、避難民の直面する現実、ミャンマー帰還への見通しはより厳しい状況にあります。先行き不透明な未来に希望を描けない状況が続くことは、ミャンマーラカイン州での暴力行為を目の当たりにし、心に傷を負った人々に更なる精神的負荷を強いるものとなっています(参考:The Diplomat記事)。
避難民キャンプでの「こころのケア(心理社会的支援)」
現在、日赤は、バ赤とこころのケアの専門的知見を有するデンマーク赤十字社(以下、デ赤)とともに避難民キャンプ14(旧ハキムパラ)にあるコミュニティ・セーフ・スペース(以下、CSS)で、地域に根差した「こころのケア(心理社会的支援)」を行っています。緊急期には、特に保護の必要とされる子どもや女性への支援に重きを置き、場所も「チャイルド・フレンドリー・スペース」との名称で活動していましたが、現在は年齢や性別など関係なく、地域の全ての人々が利用できる「コミュニティ」のスペース(CSS)として活動しています。
写真:コミュニティー・セーフ・スペース(キャンプ14)(C)JRCS
具体的な活動としては、心理社会的支援についての研修を受けた避難民ボランティアが、家庭訪問による心理的応急処置(PFA:サイコロジカル・ファースト・エイド)を実践しています。避難民が、人との繋がりや安心感を感じられる心持ちでいられるよう、ストレスマネージメント方法や、それぞれの事情に応じた生活手段など、健康な生活をおくるために要な情報を提供しています。「自分たちは何も変えられない」という無力感にふさがれがちな避難生活の中、ボランティアとの対話を通じて、避難民自らが意思決定を行えることは、人々の自信を育むことに繋がっています。
また、CSSでは、子どもから大人までを対象にした個別及びグループ活動が行われています。グループ活動では、幼児~学童期~思春期(女子・男子)、成人(女性・男性)の年齢に応じた支援を行っています。子どもたちは、ブロック遊びや図画工作、絵画、裁縫などを通じ、創造性を育みます。また、自己認識力やストレス対処法、問題解決能力、対人関係や効果的なコミュニケーション能力の向上をし、困難な状況に対応する術を学ぶライフスキル(生きる術)を身に着けるプログラムを実施しています。成人のグループ活動では、釣り網や籠を製作しながら、悩み事や困り事を話したり、声をかけ合い、その中で自身のレジリエンスを見つめ直しています。
ブロック遊びを通して学ぶ子どもたち(c)JRCS
裁縫活動を視察する事業責任者の苫米地首席代表(c)JRCS
より良い「こころのケア」を目指して
国連の報告書(2018年4月)によると、避難民への精神保健・心理社会的支援について、避難民の約4%が専門的な介入を、約40%が非専門的な支援を必要としているとの試算があり、精神保健や心理社会的支援は地元のコミュニティと避難民キャンプにおいてまだ不足しているとされます。診療所を含む一次医療施設では、精神保健・心理社会的支援の必要な人を取り残さないことや、高次医療施設との連携の重要性が指摘されています(ReliefWeb)。さらには、デ赤の精神保健と心理社会的支援に関するアセスメント報告書(2021年1月)によると、避難民は精神に関する問題については、MAD(おかしくなった人)、黒魔術、呪術によるものなどとする回答の割合が高く、そのような人は社会から隠されたり、家族からのサポートを得られていないことなども報告されています。
これらの状況を踏まえ、地域で誰一人取り残されることなく、必要なときに周囲からの支援を適切に得ることができるよう、日赤は今後も、バ赤、デ赤、そして避難民自身の力も借りながら、これまで培ってきた地域保健活動を活かし、新たにキャンプ内の日赤診療所でもこころのケア活動を展開していきます。
写真:今度診療所PSS担当となる予定のバングラ赤のコミュニティモビライザーのサイマさん(C)JRCS
今後も、日赤は、苦境にあるミャンマーからの避難民及びホストコミュニティの人々のため、引き続き、活動を継続してまいります。
日本赤十字社では、バングラデシュ南部避難民救援金を募集しています。ご寄付いただいた救援金は、日赤が実施するバングラデシュ南部避難民支援に活用されます。皆様の温かいご支援をお願いいたします。