職員報告:国際赤十字・赤新月社連盟への出向を終えて
日本赤十字社(日赤)が迅速かつ効果的に海外で救援・復興、開発支援事業を展開できるのは、国際赤十字運動の一員だからです。日赤が日本国内で発生する地震や豪雨災害等の被災者の支援を行うのと同じように、世界192の国と地域で自然災害や紛争で苦しむ人々に寄り添う活動しているそれぞれの国や地域の赤十字・赤新月社と、それらを取りまとめる国際赤十字・赤新月社連盟(連盟)、そして赤十字国際委員会(ICRC)は、皆、国際赤十字運動の仲間です。今号ではそうした日赤の仲間でもある、連盟に出向していた国際部国際救援課貝淵事業係長の報告をお伝えします。
「今あなたの部屋の窓から何が見えていますか?」
新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延を受けて、私の連盟職員としての仕事はリモートワークから始まりました。本来であればマレーシアのクアラルンプールにある事務所で働き始めたかったのですが、同じ状況にある同僚が多くいました。毎週のチーム会議ではチーム長が「今あなたの部屋の窓から何が見えていますか?」「朝食は何を食べましたか?」と問いかけ、業務報告や相談の前にチームメイトが一言、二言答えていきます。マレーシアだけでなく、インドネシア、ニュージーランド、フィリピン、フィンランド、オーストラリア、そして日本、それぞれに窓から見える景色や食事は異なり、経歴やスキル、考え方も異なる職場の多様性を感じていました。
国際赤十字・赤新月社連盟の緊急支援の仕組み
私が出向していた連盟のアジア大洋州地域事務所は、アジア大洋州地域の38の国にある赤十字・赤新月社をまとめる地域統括の役割を果たしています。私は災害気候危機ユニットという緊急救援を取り扱う部門で事業調整の仕事を担いました。アジア大洋州地域はおよそ46億人(世界人口の60%)を抱え、世界で起こる紛争と自然災害を合わせた数の約半数が同地域で発生しています。南アジア地域ではモンスーンが発生する6月から10月、大洋州地域では11月から早春にかけて、ラニーニャの影響を受けて豪雨による土砂崩れや洪水が各地で発生します。外国メディアに取り上げられるような大規模災害でなくとも、家屋が倒壊し、水が汚染され、緊急的な医療ニーズの他、避難所での生活や家屋を建て直すために国際的な支援が必要となり、被災国の赤十字・赤新月社が連盟に支援を要請することが多々あります。連盟は寄付者の皆様からいただいた資金を被災の度合いや各国赤十字・赤新月社の国内の対応状況に鑑み、公平に分配し、人を配置し、物資を届けます。2021年から現在までに、大小の災害合わせて37の支援要請がありました。
災害や対応情報を取りまとめている連盟サイトIFRC GO
アジア大洋州地域のある国で災害が発生すると(発生が予測されると)、地域内の赤十字・赤新月社及びスイス・ジュネーブ本部を含む約100名近くの関係者に情報を発信します。災害の種類にもよりますが、災害発生後数時間から1週間程度の間に連盟への支援要請有無の判断がなされ、判断から24時間以内もしくは10日前後で対象地域特定のための調査や支援活動及び予算計画が策定され、支援金が送られます。地域事務所は地域内の統括はもちろん、スイスの本部と各国を繋ぐハブの役割も果たします。大洋州地域の国々は日本と時差+5時間、スイスとの時差-8時間ですので、時差を活用して切れ目のない準備をすることができます。
また、予測可能な季節性の災害には過去の災害や他国の同じ災害から被災状況を分析し、事前に支援計画を策定し送金や人員の雇用や物資の輸送を開始します。(参考:予測できる災害等に備え、人道危機のインパクトを低減させることを目的としたプラットフォームAnticipation Hub)各分野の専門家が地域全体を見回し、災害が起きたら国内でどういう連携を取るか(法や組織整備)、どの程度の規模の災害でどのような種類と量の物資が必要か(備蓄管理)、輸送や人員はどう配置すべきか(輸送管理やボランティアの動員、研修)等、災害が起きていない平時に、各国の赤十字や赤新月社と一緒に備え、能力を強化していくことも連盟の大切な仕事です。
昨年12月にフィリピン南東部で発生した台風22号(アジア名「ライ」)は家屋や道路を破壊し、電気の供給や衛生的な水の確保を困難にし、700万人以上が被災しました。台風の発生(12月16日)から上陸までの数日間の「猶予」の間に、連盟とフィリピン赤十字社は台風の被害予測をもとに、政府や自治体と協力して80万人以上を早期に避難させ、事前の物資の備蓄、ボランティアと対応の事前確認が行われました。台風発生当日には最初の支援金額を確定し、2日後の18日には追加寄付の募集を発表、1週間以内に支援内容及び予算計画を発表しました。
また、今年1月に近郊の火山が噴火した大洋州地域のトンガ諸島では、職員及びボランティアすべて合わせて80名程度の「小さな赤十字社」による初めての大規模な支援要請となりました。海底の通信ケーブルの切断により連絡手段が限られる中、連盟とトンガ赤十字社は朝晩15分ごとの衛星電話での会話を通じて現場のニーズを計画や予算に反映させ、諸島に広がる被災者への支援を展開していきました。
移民国家マレーシアで感じたこと
マレーシアは、人口の10.2%を移民が占める多国籍国家です。マレーシアで数世代生活してきたマレーシア人にも、マレー系、中華系、インド系等様々なルーツが存在し、加えて、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、ネパール、韓国、日本とさまざまな国籍の人が共生している国です。人口の約98%が日本国籍の日本では想像できませんでしたが、マレーシアの歴史を学び、この国で生まれ育った人の親世代の話や労働を目的に長期滞在している人の話を聞くと、住み慣れた土地を離れて暮らすことの困難さについて改めて考える機会になりました。ウクライナをめぐる人道危機が深刻化する中、ウクライナ国内・国外合わせて1,100万人以上が住む場所を追われ、日赤を含む国際赤十字の仲間たちや多くの人道支援団体がウクライナに取り残された人々や国内・国外へ避難している人々の命を守る緊急支援の活動を続けています。事態が長期化すれば、残念ながら中東地域やミャンマー、バングラデシュのように、難民・避難民の生活が長期化することも予想されるでしょう。
本来は、世界中で紛争や災害が無くなり、赤十字の活動も縮小されていくことが理想だと思いますが、苦しんでいる人がいる限り、日赤は人道危機の大小にかかわらず国際赤十字運動のネットワークを生かし、支援活動を続けていきます。
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