【NHK海外たすけあい】依然として続く不安定な状況下での ウクライナ赤十字社との歩み
オフマディト小児病院への攻撃後(2024年7月)のウクライナ赤十字社緊急対応チームの出動🄫URCS
2022年2月24日の武力紛争の激化から1000日が経過しました。依然としてミサイルやドローンによる被害は発生し続けており、空襲警報が全国各地で鳴り響く状況は改善されません。複雑化する社会情勢の中、日本赤十字社(以下、日赤)の支援は続いています。今回は、日赤ウクライナ現地代表部で副代表を務める樋野芳樹職員から、日赤のウクライナ人道危機救援事業について事業管理の視点から現場の肌感覚も含めてお伝えします。
現地代表部の運営
私は2023年5月末からウクライナでの駐在を開始し、日赤が支援するウクライナ赤十字社(以下、ウクライナ赤)の巡回診療支援事業などが行われているウクライナ西部のリヴィウ市の国際赤十字・赤新月社連盟(以下、連盟)の事務所を拠点にして事業管理を行ってきました。その後、2024年5月に首都キーウでの日赤現地代表部の本格的な運営に伴って、私の拠点もキーウになりました。これまで首都から離れたリヴィウ市からの遠隔調整では課題であったウクライナ赤本社、連盟、各国赤十字社との連携において、一層の協働関係を構築できるよう、幅広い関係者との関係づくりを少しずつ進めています。8月にはウクライナ赤本社が新社屋に移転しましたが、これによってウクライナ赤、連盟、各国赤十字社が同じ建物内で業務を行う環境が整ったことで、カウンターパートとの意思疎通が格段に改善しました。また、私だけの駐在から新たに1名が加わったことで各国赤十字社との横の連携を強化できたほか、現地代表部としての機動力が上がり、機能性もより高まっています。
ウクライナ赤本社の新社屋🄫日赤
紛争が続くウクライナでの事業管理の難しさ
ウクライナ人道危機が始まってから2年10か月が経ちますが、今も日々各地で被害が発生しています。防空システムが強固とされてきたキーウ市内での犠牲者の発生や、比較的安全と言われてきたウクライナ西部でのインフラ施設損傷による大規模停電の発生など、事業を進める上で、安全・ライフライン面などの影響が極めて高い状況といえます。今後の紛争の行方を予測することが難しいという側面に加え、日赤を含めた各国赤十字社の支援には限りがあることから、紛争の長期化により、事業の種類によっては予算額の減少や撤退を検討する各国赤十字社が現れるようになり、支援実施において難しいかじ取りが必要になっています。現地代表部としては、ウクライナ赤の運営方針、各国赤十字社の動き、現地のニーズをさまざまな情報源から可能な限り収集し、支援の内容や規模を慎重に判断するよう努めています。
今後の支援方針の検討に資する俯瞰(ふかん)的な視点での情報収集に加え、私の仕事の一つとして、進行中および事後フォローアップが必要な10を超える事業の管理があります。各事業の進捗やそれを取り巻く環境は日々刻々と変わっていきます。ウクライナ赤本社と各州支部間、日赤本社間、また現地代表部と日赤国際要員の間での調整が必要な業務が日々発生するため、管理ツールを用いて各課題を一つずつ丁寧に処理できるように気を配っています。各所の繁忙度合いや事業の複雑性などの理由により、スムーズに進まないことも多いですが、現地代表部にボールがある状態は極力短くし、関係各所での調整と作業に少しでも時間の余裕を持たせるように心がけています。
リヴィウ市での赤十字関係者によるリハビリテーション・フォーラム(2024年5月)🄫URCS
縁の下の力持ちになれるように
各事業にはウクライナ赤本社および各州支部において多くの担当者が関わっています。ウクライナ赤関係者間の意見調整に必要に応じて介入したり、日赤本社からの依頼内容を分解してウクライナ赤本社の各担当者に対応を頼んだりと、円滑な事業運営には現場でのきめ細かな調整と各カウンターパートとの信頼関係の構築が重要だと考えています。また、日々発生する問題への対処だけでなく、問題になりそうな芽を先回りして摘んでおくための感覚も業務を通じて高められるよう留意しています。
現地代表部の運営や事業管理の仕事は目立たない地味な仕事ではありますが、支援の最前線で業務に当たるウクライナ赤スタッフや日赤国際要員が有効な支援を届けられるよう、「パサー」(球技などでパスをうまく出す人)の役割に徹するようにしています。業務を行う際の視点として、ウクライナ赤や日赤のリソースを最大限に活用することで効果が高く持続性のある支援を困難にある人びとに届けるという観点に加え、現地代表部として日赤国際要員を守る視点などを持つ必要があります。支援の先にいる人びとのことを常に念頭に置き、できる限り俯瞰(ふかん)的に物事を捉えられるよう意識しています。
紛争当事国で暮らすということ
毎朝の業務の始まり、メールで送られてくるウクライナ各地での被害・死傷者数の情報を見て心を痛める日が続いています。ただ、空襲警報や爆発音、滞在している街での死者・けが人の発生など、紛争下であることを肌身で感じる機会は多くあるものの、滞在期間が長くなるにつれて、それらの普通ではない出来事を日常のこととして受け入れてしまっている自分がいます。日本からの派遣者である私でさえそのような無意識の変化がありますが、ウクライナの人たちからは、「いつ何が起きてもおかしくない」という意識が根底にあるような、どのような出来事が起ころうとも覚悟ができていると解釈できるような発言を聞く機会があります。その背景には、自分や家族・親戚・友人たちが経てきた、変えたくても変えられない現実の中で生きてきたこれまでの経験があるのだと思います。みんな普段は口にしませんが、大きな被害があった翌朝にオフィスで顔を合わせた際や、仕事終わりに食事をした時などに、ふと本音が漏れる場面があります。
先日、ウクライナで仲良くなった友人の一人と突然連絡が取れなくなる出来事がありました。共通の友人づてに入った情報では、突然軍務に就くことになったとのこと。言葉を交わす時間もないほどあまりに突然のことに、紛争というものがすぐ身近にあり、かつ人生を左右するものであることを嫌というほど突き付けられた出来事でした。しばらくして彼から送られてきたメッセージからは、自身に訪れた突然の出来事への戸惑いと、彼の家族や友人の狼狽(ろうばい)、それでも前向きに進もうとする強さが伺えました。キーウの日常は表面上とても穏やかに見えますが、否応なく大切な人や住み慣れた土地から引き離される体験を経てきたウクライナの人びとは、相当に大きな精神的負担を心にため込んでいると思います。
それでも、人びとは前向きに毎日を精一杯過ごしています。私にできることは何か。支援を必要とする人びとに寄り添う姿勢をもって目の前の業務に真摯(しんし)に向き合うことだけだと思っています。日本の皆さんの関心が薄れないことが、人道危機にある人びとが踏ん張るための大きな力になると思います。
オフマディト小児病院への攻撃後(2024年7月)のウクライナ赤十字社緊急対応チームの出動🄫URCS
赤十字は人びとの日々を支えるための支援を今後も続けるとともに、いまだ終わりの見えない武力紛争と並行して進んでいる復興への支援も進めてまいります。引き続きウクライナ人道危機へご関心をお寄せいただくとともに、「NHK海外たすけあい」へのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。