【NHK海外たすけあい】中東における赤十字の活動
地中海に面した中東地域は、豊かな歴史と文化、多様な自然景観、そして温暖な気候が魅力です。古代文明の遺跡が点在し、青い海、美しいビーチが広がり、地元の人々の温かいおもてなしと、美味しい地中海料理も、この地域の魅力です。そのような美しさとは対照的に、各地の散発的な武力衝突により多くの人びとが影響を受けています。2010年末に始まったアラブの春(民主化運動)以降、シリアやイエメンの紛争は依然として終結しておらず、状況は悪化の一途をたどっています。さらに、2023年10月以降のイスラエル・ガザ人道危機や、その影響が広がった2024年9月以降のレバノン人道危機も重なり、人道ニーズが非常に高い地域です。今回は、中東地域における赤十字の活動のダイジェストをお届けします。
パレスチナ(ガザ)
武力衝突が激化して以降、ガザでは多くの避難民が発生しています。長年、物資運搬とひとの往来の厳しい制限を受けている同地区では、食料や水、薬などが常に不足している状況です。赤十字では、保健・医療、生活必需品の物資提供やインフラの補修を行っています。今年5月には、赤十字国際委員会(ICRC)が日本赤十字社を含む12の赤十字社と連携し、ガザ南部のラファに野外病院を設置しました。またポリオの発生が確認されたガザでは2024年9月から10月にかけて、現地保健省が国連や世界保健機関(WHO)などのパートナーと共にポリオのワクチンキャンペーンを実施し、パレスチナ赤新月社も、同社が運営する簡易診療所や野外病院で、子どもたちへのワクチン接種を支援しました。
ガザの野外病院で最初に生まれた赤ちゃん©ICRC
ガザでのポリオワクチン接種の様子©PRCS
イスラエル
イスラエルでは、攻撃により国内避難民が発生しているほか、今も多くの人質が解放されておらず、家族は不安と悲しみを抱えています。イスラエル・ダビデの赤盾社(MDA:イスラエルの赤十字)が負傷者搬送や輸血用血液の確保などの活動を行うほか、ICRCを中心に、人質解放時の引き渡し支援などが行われています。
イスラエルでの負傷者の搬送©MDA
<最前線で活動する現地の赤十字スタッフの声>
カマル・アハマッド救急隊員(パレスチナ赤新月社)
この武力衝突で痛ましいのは、大切な人たち(友人・兄弟・同僚)を失うことです。任務中、道路封鎖により自宅に戻れなかった期間には、家族と連絡が取れず、安否も分かりませんでした。自宅近くの空爆の知らせを受けた時の苦痛は言葉にできません。家族と過ごす時間が恋しいです。
©PRCS
オシュリット救急隊員(イスラエル・ダビデの赤盾社)
2023年10月7日の朝、負傷者のために出動し、野外病院を設置しました。多くの人びとの救出が行われる中、同僚であり親友のアミットは任務中に命を落としました。彼女のすべてが恋しいです。私は彼女のために、今後も救急隊としての活動を続けます。
©MDA
レバノン
レバノンでは、パレスチナ難民や2011年のシリア紛争の影響で逃れてきたシリア難民などを受け入れており、国民一人当たりの難民受け入れ数が世界で最も多い国です。また2019年以降は、深刻な経済危機に直面しており、人々は食糧や生活必需品、医薬品、衛生用品の価格高騰に苦しんでいます。さらに、イスラエル・ガザ人道危機が発生し、レバノン国内の情勢も悪化し続けています。
■レバノン赤十字社
レバノン赤十字社は、今年の9月に情勢が悪化した際にも、即座に救急隊を出動させ、負傷者の捜索や救助に取り組んだほか、避難所の訪問や、設備(シャワーや飲料水等)の設置や修理、支援物資の配付も担っています。
出動するレバノン赤十字社の救急隊©LRC
■パレスチナ赤新月社レバノン支部
同支部はレバノン国内でパレスチナ難民を支える活動をしています。二次医療を提供する5つの病院を運営しており、パレスチナ難民をはじめとする地域の人びとに医療サービスを提供しています。武力衝突の激化に伴い、救急隊の活動が強化されており、被災現場で、負傷者への応急処置や治療が迅速に提供できるように、地域の医療施設と調整の上、医療施設への搬送を行っています。パレスチナ人医療従事者の中には、レバノン南部やベイルート郊外南部のキャンプから避難中の人もいます。彼ら自身も難民ですが、武力衝突が続く中、救援・医療活動を継続しています。
(左)レバノン南部で負傷者の救出・救援活動 (右)多数の負傷者を受け入れるハムシャリ病院 いずれも©PRCS
<パレスチナ赤新月社レバノン支部との中長期的な取り組み>
緊急時の支援のほかにも、中長期的な取り組みも行っています。パレスチナ難民の身分や社会的地位は常に不安定で、移動の制限も伴います。それは医療従事者にとっても同じで、日々進んでいく医療技術の習得の機会を持つのが難しいことを意味します。こうした状況を踏まえ、日赤は2018年から医療支援事業を継続的に行ってきました。日赤の医師や看護師を現地に派遣し、技術支援を行ってきたほか、2024年7月からは、現地大学と協力し、不足する麻酔科医を補うための麻酔技師養成研修(看護師向け)と、診断技術向上研修(医師向け)を実施し、現地の医療の質の向上に取り組んでいます。
●麻酔技師の養成研修(看護師向け)
麻酔技師は、主に麻酔の管理と監視を行う専門職で、麻酔科医と協力して、手術前、手術中、手術後の患者のケアを担当します。麻酔機器や薬剤の準備、点滴の準備などを行い、心電図や血圧、酸素飽和度などのモニタリングにより、患者の状態を監視します。また、麻酔の導入と維持、気道の確保、患者の体位などの調整をサポートします。研修を通して、新たに麻酔技師という専門を得ることができた看護師たちは、緊急時の蘇生措置を学んでいることから、今回の武力衝突で多くの患者を受け入れた際にも、手術室だけでなく救急部門や集中治療室などでも大きく活躍しています。
講義の一環で蘇生措置を学ぶ看護師ら©PRCS
手術室での実地研修に臨む看護師©PRCS
●診断技術向上研修(医師向け)
2023年10月までは、日赤の医師が現地に赴き、診断技術向上のための活動に寄り添ってきました。情勢の変化に伴い、やむを得ず日赤の要員派遣は中断しましたが、病院では多くの患者を一度に受け入れなければならない状況も続いています。日赤はパレスチナ赤新月社レバノン支部とレバノン国内の大学との協力を決め、胸部レントゲンやエコー技術の習得にかかる研修を行うことにしました。5つの病院から集まった医師たちは技術のブラッシュアップの機会に喜び、熱心に手技の確認を行いました。
エコーの読影について確認する医師たち©PRCS
シリア
シリアの内戦は14年目に突入し、これまで以上に多くの人びとが深刻な貧困に陥り、1670万人が人道支援と保護を必要としています。2023年2月には大規模なトルコ・シリア地震も発生し、2024年9月以降はレバノンからの避難民も流入しています。日赤は2011年の内戦開始当初から国際赤十字のネットワークを通じ、シリア赤新月社の巡回診療支援などを行ってきました。
レバノンからの避難者の支援にあたるシリア赤新月社スタッフ©SARC
イエメンやイラク
中東地域で人道支援ニーズが高いながらも、日赤要員の現地派遣が困難である国や地域、また活動内容がより専門的、あるいは特殊な分野については国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)やICRCに資金拠出を行い、食料支援やインフラ整備、離散家族支援などの活動を後押ししています。
イエメンでの元拘束者の解放。ICRCは解放を支援するほか、被拘束者の人道的処遇が保証されるよう定期的に訪問を行ってきました©ICRC
ICRCによる、紛争時の爆発物等に関するリスク啓発活動(イラク北部の都市モースル)©Mohammed Al Genkw/ICRC
日本赤十字社は、紛争や災害、病気などで苦しむ人びとのいのちと健康、尊厳を守るため、中東をはじめとした世界190以上の国や地域の赤十字・赤新月社と連携し、365日活動を続けています。今年の12月も「NHK海外たすけあい」キャンペーンを展開しており、多くの人びとに希望を届けるため、皆さまの温かいご支援をお願いいたします。