ヤングリポーターがみた里親家庭の幸福
報道やジャーナリズムに関心を持つ20~30歳の若者を対象に、人道的視点を持った報道作品の奨励を目的とした「ヤング・リポーター・コンペティション」が、赤十字国際委員会(ICRC)駐日事務所などの主催により行われています。
第2回目となった昨年度、新たに日本赤十字社が後援に加わり、日本赤十字社賞を新設。上智大学の石井里歩さんがこれを受賞し、日本赤十字社の活動を取材する機会が与えられました。
石井さんはこの度、様々な事情で家庭での養育が困難な乳幼児を預かり、明るく温かい環境で大切に養育している秋田赤十字乳児院を取材。同院では、子どもの家庭復帰を最優先としながら、退所する子どもたちが安心して生活できる環境を整えるため、里親制度を推進しており、里親トレーニング事業(約10日間の実習)なども実施しています。実際に里親トレーニングを受け、特別養子縁組をしたご夫婦にもお話を伺いました。子どもたちの成長に寄り添い、きめ細やかな養育を行う乳児院が導いた、血のつながらない親子の幸福をルポタージュにて、お伝えします。
バトンタッチ
石井 里歩
平日のお昼頃。居間のテレビからは、アンパンマンの声が聞こえてくる。壁にはクレヨンで描かれたカラフルな絵がたくさん。部屋の端には水槽があり、小さな魚がたくさん泳いでいる。
「大量に餌をぶち込んで、一回全滅させとるんですよ。これは補充した魚です。でも死んだのがわかったんでね、もうやらないと思います。」
父・佐藤剛志(仮名)さんは水槽を見て笑う。
「私が餌をあげているのを見てるんですよ。教えてないんだけれども、魚ってこうやって餌あげればいいんだなって、ひと瓶餌をあげてしまって・・・」
三歳の娘・マホちゃん(仮名)が餌を大量に与え過ぎて、飼っている魚を全滅させてしまった話をする彼は、どこか嬉しそうだ。
佐藤さん一家は、父・剛史さん、母・沙良さん(仮名)、娘・マホちゃんの三人家族。秋田県内の平屋の一軒家に暮らしている。家族三人に、血の繋がりはない。一年前に、彼らは特別養子縁組で家族になった。マホちゃんに初めて会った時の事を沙良さんは思い出す。
「可愛い子だなって思いました。今はこんなに大きくなったけど、その時はまだ二歳前で、まだちっちゃくて可愛らしい女の子だなって思いました。」
一方、剛志さんは当時の心情をこのように打ち明けた。
「かわいいのは当然なんだけれども、育てなきゃいけないわけですよね。人間関係を築くために、どう行動すればいいのかなっていうのはまあありました。模索してたって感じでしたね、最初は。」
マホちゃんに出会う前、夫妻には子供と接する機会がなかった。当然、最初は戸惑いもあった。テレビドラマで、大人の愛情を確かめる試し行動の存在を知り、マホちゃんもするのではないかと沙良さんは心配していた。
「わざとやるってことはないですね。子供なんでね、こぼしちゃったりすることはよくあるんですけども。」
マホちゃんが試し行動をすることは一切なかった。
「いたずらはすごいですね。通帳とか入れてるちっちゃいクラッチバックがあるんですけど、ふと気付いたらハンコがなくて、実印3つ、隠してたんですよ。」
剛志さんは、マホちゃんがいたずらをしてわがままを言える関係になったことが嬉しい。
夫妻には子供ができなかった。不妊治療を行った。ただ、夫妻の願いは叶わなかった。二人で生きていくことも考えた。しかし、黙って生きていくこともいいけれど、せっかくならと子供に関するボランティアをすることに決めた。ボランティアのために、里親の資格を取った。様々なボランティアをする中、夫妻のもとに一本の電話がかかってきた。マホちゃんと家族になるきっかけの電話。里親の資格を取って間もない夫婦にとって、それは嬉しい誤算だった。
マホちゃんを迎え入れることになって、周りにも報告した。その反応は驚き半分、拒否半分。親からは本当に育てられるのかとまで言われた。しかし、マホちゃんを連れて訪ねると、心配の言葉は大丈夫ねの一言に変わっていった。
夫妻には、マホちゃんが発した忘れられない言葉がある。
「マホはね、今まで乳児院で暮らしてたんだよ。でも、パパとママと暮らすことに決めたんだ。」
事前交流を行った帰り道、沙良さんに発したマホちゃんの言葉。それはとても嬉しいものだった。と同時に、子供なりの覚悟を感じた一言でもあった。
マホちゃんが来てから、夫妻の生活は一変した。土日はドライブ。アンパンマンショーは常連。最上川で川遊びをした。いちご狩りにも行った。旅行は温泉だけでなく、アンパンマンミュージアムに寄り道。家の中はおもちゃだらけ。アンパンマンに出てくるキャラクターの名前も覚えた。寝る時間も早くなった。仕事帰り、飲みに行く機会はだいぶ減った。全て、マホちゃんがいなければ、行かなかったし、やらなかった。家族になって、知識の幅、行動の幅が広がった。
そのような賑やかな日々を重ねる中で、親子だなあと感じる瞬間が増えてきたと剛志さんは笑顔を見せる。
「私がご飯と納豆を別々で食べているのを見ているからなのか、マホも納豆を別々で食べるようになったんです。今は白いご飯がマホのマストアイテムで、何もかけられたくないらしく、カレーも別盛りです。」
そんなマホちゃんは歯磨きが苦手。沙良さんは奮闘しているそう。毎日、カレンダーに歯磨きの記録をつけている。嫌がらないで磨けたら花丸、ゴネたら三角。マホちゃんの希望でばつ印はなし。子育てはいろいろ大変な面もあるが、辛いと思ったことはない。沙良さんは毎日少しずつ、マホちゃんのいろんな成長を感じている。
ところで今の時代、少し探せばマホちゃんの生みの親もインスタグラムで見つけることができる。将来、マホちゃんが生みの親に会いたいとなる可能性も大いにある。そうなったら、夫妻はどうするべきかという「もしも」の話になった。
夫妻は職員に、
「生みの親が亡くなったことにしてもいいのでしょうか。」
と問いかける。担当の職員は、
「それはオススメしません。嘘をつくと信頼関係が壊れるので、十八歳や二十歳までは親を探すのは待ってと伝えるのがいい例です。全部は伝えなくてもいいから、探すことは応援するという形がいいと思います。」
と真摯に答える。
家族が増えて、成長するのは子供だけではない。お互い成長することができている。そう夫妻は実感する。
「体験して思ったことなんですけど、養子縁組は構えてすることではないんだろうなと思います。日本だと、養子をもらうことは大事件と捉えてしまうんですが。もちろん犬や猫ではないですから、もらわれる方がもらう方を判断して、マッチングさえ慎重に行えばそれでいいのかな、と思います。こちらとしては、どんな子であっても、ありがたい気持ちの一心です。」
経験した今、夫妻は養子縁組をそのように考える。
出産しても育てることのできない生みの親から、子供を育てたくても授かることのできなかった夫婦への、命のバトン。そのバトンタッチには、両者にたくさんの葛藤があったことだろう。しかし、それは誰もが命を一番に考えた選択だ。
夕方、剛志さんが家のドアを開けると、ドタドタという足音と一緒に
「パパおかえり!」
と満面の笑顔。ごく普通の家族の姿が、確かにそこにはあった。
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