パレスチナ:ガザ地区の赤十字国際委員会の活動
主に紛争地での人道支援に携わる赤十字国際委員会(以下、ICRC)は、スイス・ジュネーブに本部を置く人道支援組織で、現在は世界80カ国以上で1万6000人以上のスタッフが、収容所内にいる捕虜や被拘束者の生活環境や待遇のモニタリング、緊急援助物資の配付、紛争犠牲者の保護や医療サービスの提供、離散家族や行方不明者の安否調査、人道法の普及などの活動を行っています。このほど日本赤十字社からICRCへ出向し、パレスチナ・ガザ地区で1年6カ月の任務を終えて帰国した片岡昌子職員が現地の様子を報告します。
パレスチナ・ガザ地区の現状と課題
長さ約50km、幅約6〜12kmの細く狭いパレスチナ・ガザ地区は、日本の種子島ほどの面積に約190万人が住む、世界で人口密度が最も高い場所の一つです。人口の4割以上が14歳以下の子どもで、7割は1948年のイスラエル建国によって住む場所を追われたいわゆるパレスチナ難民です。
ガザには2005年までは、イスラエルの入植地があり、イスラエル軍が常駐していました。同年、ガザ内部から入植者と軍が撤退しましたが、周囲からイスラエル軍に包囲され、人や物の出入りが厳しく制限されています。その結果、燃料や物資が慢性的に不足しています。また、セメントや鉄材、木材などの建設資材や一部の医療器具・薬品などは、軍事転用を懸念され、特に厳しく輸入を制限されています。人と物の移動の制限により、経済や生産活動が停滞し、世界銀行の発表によれば失業率は4割以上、若者は6割にのぼるといわれています。
加えて、ガザは過去10年間に3回もの戦争を経験しています。2014年夏のガザ紛争は、まだ皆さんの記憶にも新しいかもしれません。51日間に及んだ紛争は、死者2200人以上(うち25%が子ども)、負傷者1万1500人以上、40万人が避難民となり、全壊・半壊家屋2万5000戸という大きな被害をもたらしました。復興はなかなか進まず、人々は、またいつ繰り返されるかわからない紛争と破壊に怯えながら生活しています。
赤十字国際委員会(ICRC)ガザ事務所の活動
ICRCはそのガザ地区において、救急医療、義肢製作・リハビリテーション、援助者や紛争被害者のこころのケア、下水処理等のインフラ整備、生計や経済活動の自立支援、イスラエルの刑務所に収容されたパレスチナ人への家族面会の支援など、多方面にわたる支援活動を展開しています。その中でも、私は主に一般市民の保護活動や人道法の普及に携わっていました。
イスラエル軍による軍事封鎖は、イスラエルとの陸・海の境界地域への人々の立ち入りをも制限するものです。その結果、境界警備にあたるイスラエル軍の発砲等により、そこで働く農民や羊飼い、漁師などに死傷者が出る事件が起こっていました。また、イスラエルの占領に反発する若者たちのデモも境界地域で頻繁に行われ、イスラエル軍との衝突の中で死傷者が発生していました。私は現地スタッフとともに、被害者や家族を訪問して、被害状況を調査する活動を行なっていました。訪問した際には、聞き取り調査だけではなく、何か困っていることはないか、こころのケアは必要か、といったことにも気を配り、ニーズに応じて必要な支援が得られるように取り組みました。
また、イスラエル境界地域への安全なアクセスの確保も大切な仕事の一つでした。立入りが制限されているイスラエル境界地域にて負傷者や火事が発生した場合に、救助活動・消火活動に従事する救急車・消防車及びスタッフが安全に現場で動き回れるようイスラエル当局への連絡調整を行うことが主な役割です。24時間対応のため、ときには、真夜中に連絡用の電話が鳴り、緊張した時間を過ごしたこともありました。
境界地域でのICRCの活動の中では、イスラエル境界から100m〜300mに農地をもつ農家の生計支援が印象的でした。ICRCのイスラエル・ガザ当局双方への働きかけにより、それまで立入りが認められていなかった境界地域の農地を耕すことが可能となったのです。不発弾の処理等を含むICRCの支援により、約300ヘクタールの農地が再整備されました。約15年ぶりに自分の土地で初めて小麦を収穫する農家の人々の誇らしげな笑顔は、これからも決して忘れることはないでしょう。
ガザでは、長引く占領・紛争で苦しむ人びとを目の当たりにし、長期的な問題解決の必要性も感じました。一方で、被災者に寄り添う、中立・独立の赤十字の強みも実感することができました。自らも紛争の犠牲者でありながら常に最前線で活動する現地スタッフからは、あきらめない強い心を学びました。これからも、赤十字の一員として、そのときそのときの自分にできることを考え、実践していきたいと思います。
日本赤十字社のパレスチナ・ガザ支援
日本赤十字社は、パレスチナで基礎保健・リハビリテーション分野の支援を行っています。また、2016年9~10月、パレスチナ赤新月社から要請のあった病院を対象とした医療調査を実施しました。これにより日赤の持つ広い人的資源を生かした事業策定をするとともに、シリア紛争の影響を受けたパレスチナ難民も支援することとしています。