南スーダン:麻酔で病院を救う
南スーダンでは、赤十字国際委員会(ICRC)の外科チームが長年の経験によって培った知識・経験を生かして紛争で負傷した人々の支援を続けており、日本赤十字社はこの活動に継続的に要員を派遣しています。首都ジュバから北東に約500キロ離れたマイウートにあるICRCの病院で、麻酔科医として2016年12月から活動した大塚尚実医師(熊本赤十字病院)のレポートです。
手術前・中・後の患者さんの命を守る麻酔科医
今回の南スーダンでの活動は、2015年に続き私にとって二回目でした。普段、私は麻酔科医として病院に勤務していますが、麻酔科医がどのような仕事に携わっているかご存知ですか?麻酔科医の仕事は一言でいうと「手術前・中・後の患者さんの命を守ること」です。通常、手術は身体的な痛みや心理的な恐怖を伴います。麻酔はその苦痛を感じないようにするために行われます。麻酔はさまざまな薬を用いて行いますが、それは同時に身体の正常な機能を抑え込むことでもあります。そのため、手術前の状態を確認し、最も適した麻酔法を選びます。また、手術中は患者さんの側を離れることなく、呼吸や血圧、脈拍をチェックしながら、身体が安全な状態に保たれるよう調整をしています。手術後は痛みが残るので、傷や心の状態を考慮し、鎮痛薬の種類や量を調整します。
生きて病院にたどりついた患者をなんとしてでも助けたい
私は、約3カ月間で220件以上の手術に携わり、その約7割は紛争による怪我でした。マイウートは紛争の前線からは少し離れていたため、まずは前線に近い病院や診療所で応急処置が行われます。その後、ヘリコプターや飛行機で私が活動していた病院に運ばれてきますが、そこまでたどり着けなかった方もたくさんいたと思われます。身体のどこをどのように撃たれたかが、患者さんの人生を左右するのです。また、病院に到着したとしても、その時は既に怪我を負ってから数日から数週間が経っており、傷が感染しています。そのため、何度も手術を繰り返し、長期間の入院が必要になります。退院後もさまざまな障害を抱え生きていかなくてはいけない人ばかりでしたが、生きてたどり着いた以上、何としてでも回復してほしいという思いを常に強く持ち続けながら活動していました。
日本とはかけはなれた環境での活動は決して簡単ではありませんでした。私が南スーダンで加わった外科チームには、私と外科医、手術室看護師しかいません。相談できる相手も限られているため、判断を下す際はいつも大きな責任を感じていました。また、患者さんの安全を確実なものにするため、チーム内のコミュニケーションを大切にしながら毎回の手術に臨んでいました。
また、麻酔で使用する薬は、日本では使用していないもの、使用経験が少ないものが多く、コツをつかむのに少し時間がかかりました。現地では、主に、安価で手に入りやすく安全と言われているケタミンと呼ばれる薬を使用しました。この薬は、患者さん個々で効き方が異なるので、その調整に苦労しました。
医療機器の導入は2年前より進んでおり、自動血圧計や人工呼吸器を備えた麻酔器など、特に全身麻酔手術を安全に行う上で必要とされる機器が導入されていたことはとても助かりました。しかし、相変わらず停電は頻繁に起こります。手術中に停電すると機器も動かなくなってしまうため、その時は自分自身のみが頼りでした。
大規模な戦闘を乗り越えて
1月の終わりに、マイウート近隣で大規模な戦闘があり、2日間で45人の患者が搬送されてきました。すぐにジュバから応援の外科チームが派遣され、2チームで手術対応できるよう準備をしました。それまで1日に行う手術件数は3から5件程だったのが最大20件程にまで膨れ上がりました。病棟も通常は最大70人程の患者が入院していましたが、すぐにベッドが足りなくなってしまいました。全ての患者を受け入れられるよう敷地内にいくつかのテントを立てるなどの工夫を重ね、最も多いときは120人程が入院していました。患者数やスタッフの数が多くなれば、よりチーム内のコミュニケーションは重要になり、協力・連携してお互いを気遣いながら過ごしました。患者さんも、見知らぬ土地での長期にわたる入院で不安もたくさんあったと思いますが、一人一人と真摯に向き合うことで、気持ちが和らいでくれることを期待していました。その結果、少しずつ笑顔が見られるようになり、気軽に握手するような関係を築くことができたことはとても印象的でした。
病院全体に麻酔をかける
「初級の麻酔科医は患者に麻酔をかける。上級の麻酔科医は手術室全体に麻酔をかける。超上級の麻酔科医は病院全体に麻酔をかける。」活動中に思い出した私の恩師の言葉です。状況が頻繁に変化する中で、世界各国から集まったメンバーがチームとして活動しようとすると、時には意見の衝突もあります。まだまだビギナーの私でも、患者さんの全身を診ている立場である以上、ベテランの外科医に譲れない時もあり、広い視野で患者さんの最善と自分に何が求められているのかを考え、メンバーと対話する大切さを実感しました。長期にわたる治療に我慢強く耐えながら必死に生きようとする患者さんのために、超上級を目指してまだまだ自分自身を高めていかなくてはいけないと気持ちを新たにしました。