レバノン:全ての人に医療を

レバノンの大学病院で活動した日赤看護師へのインタビュー

7年目に突入したシリアでの紛争はより一層混迷を深めています。国連によると、難民の数は500万人を超え、難民そして彼らを受け入れているシリア周辺国は大きな試練に直面しています。先行きが不透明な中で求められるのは、短期的な緊急支援だけではなく、より中長期的な支援です。赤十字国際委員会(ICRC)は、レバノンのラフィック・ハリリ大学病院(以下、RH病院)で中長期にわたる支援を実施しています。今回は、その一員として活動した関塚美穂看護師(名古屋第二赤十字病院)にインタビューしました。

退院するまでの看護に責任を持つことが私たちの任務

関塚さんはどのような活動をされたのですか。

2016年10月末から支援活動に携わった関塚看護師 ©ICRC

2016年10月末から支援活動に携わった関塚看護師 ©ICRC

入院患者さんの看護を行うことが私の役割でした。国内で最大規模のこの公立病院に入院している患者さんは、社会的立場の弱い貧しいレバノン人や難民、移民などです。その中でも医療費を支払うことができない人々と武器によって傷を負った人々へ医療サービスを提供することを目的とした支援をしています。

まず、ICRCの救急外来チームが運ばれてきた患者さんの状態を判断します。どれだけ重篤か緊急性などの医療面、さらにその人の家族構成や支払い能力などの社会的な側面を調査し、必要な支援を提供します。入院が必要と判断された場合、退院するまでの看護に責任を持つことが私たちの任務です。救急外来での支援は2016年2月から、病棟での支援は同年4月から行っています。

支援が始まったのは最近なのですね。

レバノンとシリアの首都は車で2~3時間で行き来できます。この6年間で100万人以上のシリア難民が流入し、レバノンの人口は25パーセント増加。この急激な増加が社会に大きな影響を与えています。レバノン政府によると、RH病院に来院したシリア難民による未払金は730万ドル(約7億9000万円)にまで膨れ上がりました。経営状況の悪化に伴い入院患者さんの受け入れ制限なども行われており、貧しいレバノン人などへ医療を提供することが難しくなっていたことがこの病院で支援を始めるきっかけになりました。

5歳のシーマちゃん、お母さんからの「シュクラン(ありがとう)」

シリア難民はどのような状況に置かれているのでしょうか。

難民登録をしていれば、国連から医療費の補助を受けられますが、全額ではなくその50~80パーセントです。まともに仕事をして収入を得ることができない難民にとって、残りを自己負担することは非常に難しいことだと思います。また、約2000円の初診料を払わなくてはいけないことを知って、受診を断念する人々も沢山いました。お金がないと医療が受けられないのが現状です。

印象に残っている患者さんはいますか。

シリアから家族とともに逃れてきたシーマちゃんという5歳の女の子が特に記憶に残っています。レバノンの冬は雪も積もる寒さです。防寒もままならぬテントで生活を送っていましたが、ストーブが倒れ火事になってしまい、頭と両手に大やけどを負ってしまったのです。母親は働きに出ていたため、発見が遅れました。幸いにも近隣の診療所で初期手当てを受け、より専門的な治療を受けられるRH病院にレバノン赤十字社が救急車で連れてきました。最初は、私たちスタッフが近づこうとすると、泣き叫んで手当てをすることができませんでした。傷を見ることは彼女にとってとても辛いことですが、5歳というのは、丁寧に説明をすれば物事がわかる年齢です。最初は私が鎮痛剤を使いながらガーゼ交換を行っていましたが、現実を受け入れながら彼女自身で交換できるようになりました。

ガーゼ交換をするシーマちゃん ©ICRC

ガーゼ交換をするシーマちゃん ©ICRC

残念ながらシーマちゃんの弟はこの火事で命を落としました。入院しているシーマちゃんを一人にすることができなかったお母さんは、お葬式に参列することもかないませんでした。そのため、シーマちゃんとお母さん両方に寄り添って看護することを意識していました。毎回ガーゼ交換の後、私は「痛くてつらいガーゼ交換をよく頑張ったね」という気持ちからシーマちゃんを抱っこしていました。そうすると、お母さんが私に抱きついて「シュクラン、シュクラン(ありがとう)」というのです。どうしたのかなと思ったら、お母さんは腰を痛めていてシーマちゃんを抱っこできず、代わりに私が抱っこしているのを見てとても喜んでいたのです。私は当たり前のことをしていたつもりでしたが、そのような一つ一つの積み重ねによって患者さんとの信頼関係を築いていけるのではないかと感じました。

日本とは異なった環境での看護師の仕事はどのようなことが難しかったですか。

支援の対象となる人に限りがあったことです。例えば、紛争での武器による外傷の患者さんの医療費は全て赤十字が負担していましたが、放置すると悪化する可能性があっても、現時点では緊急を要さない疾患は支援の対象となりませんでした。悪化する前に治療できればいいのですが、それができないことに悩みました。また、紛争絡みではなかったため、先天性の障害を持つ患者さんやがん患者さんは私たちの支援の対象にはなりませんでした。そのことを伝えるのは、私たち現場で働くスタッフの仕事です。目の前で苦しんでいる患者さんにどのように伝えればいいのか、私たち自身とても苦しみました。思いだけでは人を助けられないことを肌で感じました。

今後、この活動はどのように展開していくのでしょうか。

患者さんとの信頼関係が励みになった ©ICRC

患者さんとの信頼関係が励みになった ©ICRC

活動開始から1年ほどが経ち、ようやく軌道にのってきました。患者数も日に日に増え続けているため、ICRC病棟の入院ベッド数を増やし、レバノンに住む患者さんだけではなく、中東諸国で医療を必要としている人々も受け入れられるような体制を作っていく予定です。私自身にとっても、本当に苦悩の絶えない5カ月間でしたが、今後も支援を必要としている人々の力になり続けたいです。

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