イラク: 紛争地での赤十字の人道支援 ~イラク北部モスルでの医療救援活動報告~
2016年10月以降、国際赤十字はイラク共和国の北部で病院を拠点とした医療支援を拡大し、日本赤十字社(以下、「日赤」)は、移動外科チームの一員として戦地から搬送されてくる負傷者等の治療にあたる医療要員を現地へ派遣しています。日赤は、2017年2月から4月にかけてモスル近郊の街アルビルにある西アルビル救急病院へ医師4人(内訳:外科医1人・救急医1人・麻酔科医2人)を派遣しました。また、同年8月から9月末にかけてモスル市内にあるモスル総合病院へ医師1名(救急医)を派遣しました。今回は、モスルでの任務を終了し、10月初めに帰国した渡瀨医師が現地の様子と赤十字の活動についてご報告します。
モスルの現状
武力紛争が続くイラク共和国では、2016年10月、政府軍が反政府勢力に占拠されている北部の街モスルを奪還する作戦を開始。2017年7月、政府軍により正式にモスル解放宣言がなされたものの、依然として前線からは、銃撃や爆弾、地雷の爆発により負傷した兵士や市民が運ばれてきます。また、紛争により発生した大量の国内避難民や瓦礫と化した街を再建し、安定した生活を取り戻すまでの見通しは、まだ立っていません。
医療者の安全を守ることの難しさ
「私がモスルへ派遣された時期はモスルの更に西のテラファーという街で戦闘が行われていました。戦地からは銃撃や、爆弾または地雷の爆発により損傷を負い、兵士や市民が運ばれてきます。運ばれてくる市民の中には多くの子どもも含まれています。彼らは現地での即死は免れたものの初期手当のみを受けてくるため、まず痛み止めを投与します。そして状態を安定化させるために初期治療室で全力を尽くします。病院には絶えず銃を携行した兵士が出入りするため、銃を外に出すよう伝える時にはいつも緊張を強いられました。」と紛争下で安全を確保し、医療支援を実施することの難しさをあらためて実感したエピソードを語ってくれました。また、「ある日、戦地から同僚の兵士に付き添われた負傷者3名が病院へ運ばれてきました。負傷者のうち2名は、病院へ運ばれてきた時点でお亡くなりになり、残り1名も病院到着後、残念ながら亡くなられました。その時、状況を受け入れられない付き添いの同僚は激高し、対応した医師・看護師に暴力を振るうなどの行為がありました。現実問題としてこのような状況下で医療者の安全を確保する方法ついて、あらためて、考えさせられました。」
そして、患者の安全を守ることの難しさ
渡瀨医師は続けます。「反政府勢力に関わったことが疑われる患者さんへの地元民の感情は極めて厳しく、そういう患者さんが来た場合は細心の注意を払わなければ、その患者さん自体に命の危険が生じます。赤十字は、中立を使命としている一方、今回のような紛争下では、状況に応じて隔離された安全な病院へ患者を転院させるなどの対策を講じて安全も担保しなければなりません。」と紛争下で医療者の安全を守ることと同時に患者の安全を守ることの難しさを語りました。
イラクの人々のレジリエンス(立ち直る力)を信じて
宿舎と病院の往復の毎日の中で、戦地ならではの様々な緊張を受けとめながらの医療行為は一筋縄ではいきません。しかし、そのような中でも患者さんが治ると、あなたにも神のご加護がありますようにと、右の頬にキスをしてくれました。そんな時、私はほっと安堵の息がつけます。 イラクの将来にはまだ靄(もや)がかかったままです。これからも支援を続けなければならないと思う一方、元気になったイラクの方々が力強く立ち上がってくださることを信じています。人は困難を乗り越えると強くなれると思うからです。」とイラクの明るい未来に期待する熱い思いを語ってくれました。
日本赤十字社の中東支援
日赤は、イラクをはじめ深刻な人道危機に陥っている中東地域を重点的に支援するため2015年3月に「中東地域紛争犠牲者支援3カ年計画」を策定しました。本年度は、本計画の最終年度であり、赤十字の強みである「国内外ネットワーク」および日赤の強みを生かした「医療・保健分野」で一層の貢献をしたいと考えています。皆さまの温かいお心が、赤十字の活動の支えとなります。皆さまの中東人道危機救援金へのご支援をお待ちしております。