バングラデシュ:赤ちゃんの命を守るビタミン支援
2017年8月25日以降、ミャンマー・ラカイン州での衝突を逃れバングラデシュに避難した人の数は70万人以上にのぼっています。その中には、約6万人の妊婦(国連発表)がいると言われていますが、避難民キャンプではお母さんも赤ちゃんも十分な支援を受けることができません。そこで子どもたちの健やかな成長を支援する取組みとして新たに始めたのが赤ちゃんへのビタミンKの投与です。
※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。
生まれてくる赤ちゃんが直面する危険
赤ちゃんにとって、狭い産道を通って生まれてくるのは命がけです。生後数か月で頭蓋骨はボール状に固まりますが、胎児の時期には4つの骨に分かれており、その隙間をうまくずらして変形しながら出てきます。その際、脳には圧がかかり、出血することがあります。通常、出血は自然に収まり吸収されますが、まれに血液のかたまりが大きくなることがあります。新生児期の脳の出血はその後の発達に影響を及ぼす恐れがあり、出血の量によっては障害が残る可能性も出てくるものです。これは、低出生体重児や早産、難産の際に多く起こります。
避難民キャンプでは、ほとんどの妊婦が、親戚や産婆さん(医学教育は受けていない)の介助を受け自宅で出産します。必要な知識を持ち合わせた医療者の介助がないため、出産時にはいきまなくてもよいタイミングでもいきみ続けることで圧が更に強まり、赤ちゃんの頭に過剰な負担がかかっていることが予想されます。「私がこれまで立ち会ったお産でも、いきむタイミングについて毎回伝えるよう心掛けています。適切な分娩介助がなく、死産になることや、生後数日で死んでしまうこと、生後ぐったりしている場合はそのまま葬られることもあるようです」と丁野美智助産師(高知赤十字病院)は語ります。
脳出血の予防にはビタミンK
そこで必要なのがビタミンK。血液の固まりやすさに影響を与えるため、新生児に投与することで、脳の出血を予防する効果が得られます。生後数か月になると腸の中の細菌がビタミンKを作るようになりますが、新生児時期には自分の身体の中では作り出せません。また、ビタミンKは母乳には含まれていないことから、外部からの摂取が必要で、日本では30年以上前から、新生児に対しての投与が推奨されています。しかし、生まれてきたばかりの赤ちゃんがビタミンKを摂取する必要があるという認識をもったお母さんや産婆さんは避難民キャンプではほとんどいません。
診療所でビタミンK投与と健診を
7月から日赤は避難民キャンプの仮設診療所でビタミンKの投与を開始しました。取組みを始めるにあたり、まずは活動地周辺地域で自治会長のような役割を担う「マジ」にビタミンK投与のサービスを紹介。男性ばかりでしたが、初めて聞くビタミンKの説明に興味深々で熱心に耳を傾け、質問も多く出ました。また、生まれたばかりの赤ちゃんのいる家庭や妊婦に、診療所を訪れるよう促すことを丁野助産師が伝えました。 栄養状態の検査や栄養不良の子どもの治療を行う栄養センターと呼ばれる施設がキャンプ内にはいくつもあります。ここで配布されているのは子どもから大人までを対象にしているマルチビタミン。大人のビタミン不足とは異なる、新生児期に必要なビタミンKを投与している施設は、日赤の活動地域ではほとんどないのが現状です。お産を介助する施設では投与しているところもあるようですが、施設での分娩が95%以下のため、ほとんどの赤ちゃんはビタミンKが不足していると考えられます。
生後当日と1週間後、1カ月後の3回投与というバングラデシュの基準に合わせて、生後5週までに診療所に来てもらい、健診を行うとともにビタミンKを投与します。取組みを始めた一週目は、毎日1~2人の赤ちゃんとお母さんが来院。これからもっと増えることが期待されます。
赤ちゃんの健やかな成長が笑顔をもたらす
先日、8日前から赤ちゃんの具合が悪いことを心配したお母さんが受診に来ました。近所の人々から診療所の評判を聞き、キャンプの中を20分歩いて来院。赤ちゃんが生後35日目であったため、診察の前にビタミン Kを投与しました。「赤ちゃんの成長に有益というビタミンKを投与してもらい、嬉しかったです。もし全ての赤ちゃんに投与できれば、全ての母親が、私のような嬉しい気持ちになると思います」とお母さんは笑顔を見せながら話します。
「お母さんや産婆さんの知識不足などを理由に子どもたちに障害が残りかねないような事態を予防したいとの思いで始めた取組みです。同時に、新生児と母親の健康診査を行い、異常の早期発見や、授乳指導などに結び付けることができ、助産師として大変嬉しく思います。健診習慣のない妊婦さんに定期健診に来てもらえるよう、取組みを進めていきます」と丁野助産師は力強く語ります。