救急医療を一歩前へ-パキスタンにおける挑戦-
赤十字国際ニュースでは、赤十字国際委員会(ICRC)を通じた日本赤十字社の医療支援として、これまで南スーダンやナイジェリアの様子をお伝えしてきましたが、今回はパキスタンからのレポートをお伝えします。2018年6月から約1年8か月にわたり、パキスタン北部カイバル州のペシャワールで保健医療事業全般のリーダーを務めました吉田千有紀看護師(日本赤十字社和歌山医療センター)から、現地の医療の実態とICRCの活動をご紹介します。
ペシャワールに再び
ペシャワールへの派遣は今回で2度目です。前回(2011年)は病棟看護師として、ICRCが独自に運営する外科病院に8か月間派遣されました。2012年にICRCの外科病院は閉鎖されましたが、ICRCは引き続き、州行政府や教育機関との連携を強化し、公立の医療機関を拠点として、暴動による犠牲者の医療支援を継続しました。特に、救急患者トリアージモデル開発や看護教育カリキュラムの作成と技術支援を通して、一定の成果を示しました。
ICRCペシャワール副代表部は以前と同じ場所にあり、街並みも人々の様子もあまり変わりないように感じました。しかし、幹線道路沿いには、高速バスの専用道路の建設ラッシュで至る所土埃が立ち込め、工事のため狭まった道路はトラックやマイクロバス、リキシャー(小型のタクシー)で渋滞することも多いです。ペシャワール市内にある私たちの支援病院に向かうにも、この交通渋滞の中をすり抜けていく必要があります。
救急医療技術訓練の支援
私たちの支援する病院の一つであるLady Reading Hospital(LRH)はカイバル州で最大規模の公立病院です。2014年に新しく第三次救命救急センターが開設されました。
LRHの病床総数は1,860床あり、救急部門もカイバル州最大の病床数(200床)とトリアージセンター(50床)を有します。一般外来部門も併設されており、16診療科が配置されています。来院患者数は、1日平均、外来部門で1万5千人、救急部門で1,500人と、日本の医療施設では考えられない患者数の多さです。第三次救急病院に患者が集中する理由は、カイバル州(人口3,000万人)を支える保健システムの脆弱さと一次診療レベルにおける医療人材の不足によるものです。
カイバル州保健局によると、保健医療職の割合は、1.15人(対1千人)であり、特に、資格を有する看護職員数の不足は深刻です。世界保健機構の推奨される割合から換算すると、少なくとも14万人の看護職の不足が示唆されていました。地域や国内の情勢不安によって、人材育成に関わる教育機関や教育者の不足が目立ち、支援の必要性があります。ICRCはカイバル大学医学部及び看護学部と提携し、救急医療及び看護にかかる教育カリキュラムの作成と技術訓練の支援を展開しています。
技術訓練を通して、医師や看護師は机上で学んだことの振り返りを行うことができ、実際の現場で技術を活かすことが可能となります。訓練に参加した看護師や医師たちは、「今まで、心肺蘇生の方法は講義等で習ったことがあったが、実際に、実技をした経験がなかった。今更、聞くことができなかった機械操作の方法など、丁寧に指導者が教えてくれ自信がついた」と振り返ってくれました。また、技術訓練のみならず技術指導できる人材育成にも力を入れており、8人の救急蘇生にかかるインストラクター、7人の救急外傷研修指導者、そして、13人の感染管理及び看護リーダーシップ研修指導者の育成を実施しました。指導者たちは、国内及び国際的に承認された研修への参加を通して、確実に技術を習得しています。
救急医療を通じた官民連携体制の強化
私が着任した頃、アフガニスタンと国境を接する北西辺境州とカイバル州が合併されました。長いパキスタン軍による武装勢力の掃討作戦の影響による保健施設を含むインフラの破壊に対しての復興支援が急務で、特に医療分野においては統一した救急搬送体制を確立することが最も重要な課題です。ICRCはカイバル州保健行政府、カイバル大学との5年間の協定を結び、救急医療、搬送体制、教育、安全管理、理学療法分野での支援を協働で実施していくこととなりました。それぞれの分野で問題分析をし、定期的に活動計画の見直しを行っています。カイバル州でのこのような取り組みは連邦政府側にも支持され、合同の救急医療支援ワーキンググループの設置もなされました。ICRCは引き続き、支援団体の一つとしてワーキンググループ活動に関わって行きます。"Let's develop Emergency Medicine" を合言葉に、救急搬送体制の充実にこれからも力を入れて行きます。
吉田さんのインタビューがICRC駐日代表部のFacebookにも掲載されています。こちらをご覧ください。