ご支援いただいた皆様へ「きもちのしるし2020-2021」が完成-事業地バングラデシュ、レバノンより現地代表の思いをお伝えします-
海外で大規模な災害や紛争等の緊急事態が発生した際に、被災国の赤十字社や日本赤十字社(以下、日赤)が現地で実施する救援活動・復興支援活動を支援するための「海外救援金」。2022年2月現在、日赤は、「バングラデシュ南部避難民救援金」・「中東人道危機救援金」・「アフガニスタン人道危機救援金」に加え、先日のトンガでの噴火津波災害を受け「トンガ大洋州噴火津波救援金」の4つの海外救援金を募集しています。
この度、2020年から2021年に海外救援金をもとに取り組んだ活動報告をまとめた「きもちのしるし2020-2021」が完成いたしました。ぜひこちらからご覧ください。
コロナ禍の中、日赤は2021年から現地への職員派遣を再開しましたが、今回はこの「海外救援金」事業の中から「バングラデシュ南部避難民支援事業」と「中東人道危機救援事業」の現状について、バングラデシュに駐在している苫米地則子首席代表(日本赤十字社医療センター)と、レバノンの五十嵐真希中東地域代表の声をお届けします。
新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延からまもなく2年が経とうとしています。現地は今どのような状況でしょうか?
避難民キャンプにて:苫米地代表 (C)Atsushi Shibuya/JRCS
(苫米地)日赤は2017年8月にミャンマーのラカイン州で発生した暴力行為から隣国バングラデシュ南部へ避難してきた人びとへの支援を同年9月から開始しました。私もその初動時の活動に参加し、それ以降、同国には複数回訪れています。2017年当時は日赤も診療所ERU(緊急対応ユニット)を出動し、フル回転の支援を実施しましたが、それから4年半が経過。現在は現地のバングラデシュ赤新月社(以下「バ赤」)と協力して中長期的な保健医療支援へ移行し、支援を継続していますが、コロナ禍により状況はさらに大きく変わりました。現在は感染拡大防止措置(人流抑制)のため、避難民キャンプへのアクセスは制限されており、キャンプ外からの援助に頼らざるを得ない避難民は、さらに過酷な生活を強いられることになりました。
例えばバングラデシュ国内がロックダウン(外出禁止)中であっても、避難民キャンプにおける医療・食料など生存に不可欠な支援は例外的に継続されていましたが、必ずしも高い優先順位とはみなされていない「教育の機会」は止まったままです。子どもが半数を占める避難民キャンプでは大きな不安材料となっているのではないでしょうか。
2021年9月には、感染状況の改善の兆しがあったのも束の間、2022年1月現在、オミクロン株により世界は再び感染者数の急増に直面しました。避難民の将来も不透明であるばかりか感染動向も一向に安定せず、閉塞感を感じる状況が続いています。
ベイルート爆発災害後、レバノン人一家と話す五十嵐代表(C)日本赤十字社
(五十嵐)コロナから2年が経とうとしていますが、中東も同様に感染の勢いは収まりません。
レバノンでは、コロナ禍に加え、2020年8月のベイルート爆発災害、そして、世界的にも最悪レベルとされる経済危機により医薬品や電力、燃料不足が深刻化しており、人道支援ニーズは、ますます増加の一途をたどっています。そうした中、日赤とレバノン赤十字社(以下、「レバノン赤」)は、コロナ禍以前から実施している地域住民やシリア難民への保健・水衛生支援等「地域の人たちで助け合う」活動を、一部縮小しながらも地道に継続しています。また国の補助機関という重要な役割も担うレバノン赤は、コロナ感染者とPCR検査検体の搬送を一手に担い、国内最大規模のワクチンセンターの運営、在宅酸素ボンベの供給など、レバノンのコロナ対策にも大きく貢献しています。
このほか、紛争が続くシリアやイエメンでは、医療体制が危機的状況で、コロナ禍の影響に一層脆弱な状態にあります。現地の赤新月社は、空爆など紛争の影響からの安全策を徹底しながらも、公平なワクチン分配と普及の働きかけやコロナをはじめとする感染症の予防対策など実施しているところです。
バングラデシュ・中東共に、現地の支援ニーズが複雑化してきていることがよくわかりました。そのような中、日本赤十字社の支援はどのように行われてきましたか?
(苫米地)日赤は現在、バ赤とともに避難民キャンプ内にある診療所を拠点に、診療活動、地域保健活動、こころのケア(心理社会的支援)を継続して実施しています。
日赤から派遣されていた要員は2020年3月に一時帰国を余儀なくされました。それ以降、新規派遣も見送られていましたが、コロナ感染者の動向を見極めつつ、2021年5月から現地への派遣・出張が再開され、私自身も5月から現地入りしました。以降、コロナ禍で一時中断されていた様々な講習や集合研修などを少しずつ実施できているのは、小さな一歩ととらえています。
また、日赤要員が不在であった2020年3月から2021年5月まで、バ赤のスタッフの力のみで診療所を運営できたことは、大きな一歩だと受け止めています。ここをチャンスととらえ、支援の持続可能性を高めるためにもさらなるローカライゼーション(支援の現地化)を進めていきたいと考えています。
診療所を運営するバ赤スタッフ(C)日本赤十字社
(五十嵐) 日赤が2018年から実施するパレスチナ赤新月社(以下、「パレスチナ赤」)の医療支援事業は、同社が運営するレバノンにある5つの病院とガザ地区にある1つの病院で実施しています。バングラデシ ュと同様、2020年3月に現地の日赤医療要員は帰国を余儀なくされました。
しかし、日赤要員の帰国後も、日本からリモートでの支援を継続し、医師・看護師用の医療サービスの手順書の改訂や専門家会議参加、超音波診断機器の調達と技術指導などを実施しています。本来であればこうした支援は現地で実施したいところですが、それがかなわない中でも、日赤の医療チームは病院での通常業務を行いながら、最大限に時間、経験、そして、技術を駆使して、支援を継続しています。
ガザの病院とリモート会議をする日赤医療チーム(C)日本赤十字社
現在は、2022年4月から開始予定のレバノン第二期支援事業のためのアセスメント、計画書作成と派遣再開に向けた準備をしています。
また、シリアでは日赤の支援で不足する医薬品の補給や救急車の調達、イエメンではPCR検査機器1台の調達を行いイエメン赤新月社(以下、「イエメン赤」)の病院に設置しました。イエメンではPCR検査機器が3台しかなく、この支援は現地のコロナ対策を大きく支えています。
厳しい環境の中でも、地元赤十字社・赤新月社のニーズを適切に把握し、日赤としてできることを最大限に続けていくことが重要ですね。そのような現状の中、どういった点に「誰も取り残さない」赤十字ならではの支援の特徴を感じますか?
(五十嵐)レバノンは、コロナ禍と経済危機(インフレ率200%)により、最も脆弱な人たちの割合が急激に増加しており、現在では、国内の80%以上が貧困層にあたるとも言われています。そうした中、さらに厳しい環境に置かれているのが、市民権や職業の選択肢などがないシリア難民とパレスチナ難民の人々です。レバノン赤の水衛生事業では、シリア難民の人々が住む非公式居住地区を対象として、水タンクや簡易水道、トイレの設置、洪水被害を防ぐためのキャンプ内の環境整備、子どもや女性への衛生教育、さらには、障害のある人たちへのバリアフリートイレの設置なども行ってきました。人々の尊厳を守るこれらの支援は、レバノン赤の包括的な支援方針と地域からの信頼・受け入れ態勢があるからこそ実現できる支援です。
そして、70年以上も難民生活をおくるレバノンのパレスチナ難民たちもコロナ禍で失業し、日々の生活に困窮しています。難民や貧困層の人たちは、レバノンの病院での高額な治療費が払えず、医薬品も不足しているか高額なため入手できないことから、「安価で質の高い医療サービス」を受けられるパレスチナ赤病院に殺到しています。パレスチナ赤の病院では、「本当に困っている人たち」への医療サービスを人道支援の一環として提供するため、治療費を低額に抑え、救急患者からコロナ感染者まで幅広く受け入れています。
またイエメンでは、日々空爆が続く中、イエメン赤は「中立」を保ち、全ての地域において、コロナやその他の感染症予防対策、病院やクリニックでの治療、衛生教育などを実施しています。全ての地域に支部をかまえ、ボランティアネットワークをもつイエメン赤だからこそ情勢不安な中でも人道アクセスを確保でき、活動を継続できている点が赤十字の特徴であり強みと言えるでしょうか。
(苫米地)私たち日赤は、世界192の国と地域に広がる赤十字・赤新月社のネットワークの一員として、「人道」「公平」「中立」など赤十字七原則の共通理解のもと活動をしています。現在、バングラデシュ・コックスバザールでのミャンマーからの避難民支援では、米国赤十字社(以下、「米赤」)やスイス赤十字社、カナダ赤十字社など10社がともに活動をしています。避難民のニーズが多様であるように、支援側が提供できることや専門性にも多様性が必要ではないかと思います。そして個々のニーズをしっかり汲み取り、適切な支援に「つなぐ」こと、ニーズを「とりこぼさない」ことが、誰も取り残さない社会に繋がるのではないかと考えています。
例えば私たち日赤は、日本国内に91の病院をもち、保健医療分野の専門性を持つ人材や技術という強みを活かし、バ赤の保健医療分野の体制強化を通じて、避難民への支援を行っています。日赤の診療所での活動ひとつをとっても、保健医療活動は日赤がリードし、心理社会的支援(こころのケア)はデンマーク赤十字社と協働で実施し、水衛生整備はスウェーデン赤十字社(以下、「スウェーデン赤」)と密に協力する体制で、避難民への支援を継続しています。また他社の事例として例えば米赤は、防災分野の専門性を活かして、全キャンプに100名ずつのサイクロン災害対応ボランティア計3,400名を育成したり、先ほどお話したとおりスウェーデン赤は水衛生分野が強いので、キャンプ内の給水・衛生施設の整備などを行っています。また2017年以前から長く同国で活動しているドイツ赤十字社は、ホストコミュニティ側での生計支援に力を入れています。
このように一つの社では限界があることも、各社がそれぞれの強みを生かし、多様なニーズに対応できることは、赤十字・赤新月社の強みであり、「誰も取り残さない社会の実現」への貢献といえるのではないでしょうか。
またこれらの各社の支援は、現地のバ赤を主体として展開されるので、現地ニーズや文化背景などの現地事情を十分踏まえた支援が実現できることも、私たちの強みと考えています。
コロナ禍の中、バングラデシュ・中東の人道ニーズが一層増えていますが、一方でこのような「長期的な人道危機」に対して、どうしても人々の関心が薄れてしまっている現状があります。どう向き合えばよいでしょうか?
(苫米地)自然災害の多い日本では、地震、津波、台風などの災害への関心は高いですが、紛争や避難民という人道危機はなじみが無く、なかなか興味関心が向きにくいのかもしれません。関心を向けてもらうようどのような工夫ができるか、私自身、機会をとらえて活動について伝えていく意識的な努力が一層必要だと感じています。
シンプルに、困っている、苦しんでいる人がそこにいるので、自分のできる方法で支援を続けることが大切であると、自らが率先して実行しつつ伝えていくことも私の役割・使命であると考えています。
(五十嵐)「中東」というと、どうしても「紛争」のイメージが先に立ち、そこで暮らす人々、そして、難民や避難民となった方々の背景や現状への認識や理解が得られないことが多いです。長期化する人道危機に対しては、日本のみならず、多くのドナー国の関心も薄れ、現在、資金不足も深刻な問題となっています。そこに輪をかけるように、コロナ禍で世界中が医療と経済危機に立ち向かっている状態が重なり、それぞれの国や人々が自分のことで精一杯な、これまでにない厳しい状況にあると感じています。
このように世界中が未曾有の危機に立ち向かう中、私たちが、現場での責任、役割、使命を果たすため、以前よりも増して、数字だけにとらわれず、最も喫緊なニーズと最も脆弱で支援が必要な「人たち」を見極めること。そして、現地赤十字・赤新月社が得意とする地域に根ざした支援、日赤の強みである医療支援、コロナ禍での新しい取り組みをしていくことが重要だと思います。そのために、現場からの正しい情報を伝え続け、「助けたい気持ちと思いやり」を強く持ち、手を差しのべること、一人ではなく多くの人と協力し、諦めずに立ち向かうことも必要だと思っています。
中東では依然ワクチン接種率が低い国も多く、予防が普及していない国が多く存在します。しかし、感染症には国境がないこと、赤十字もワクチン接種開始当初から訴えている“No one is safe until everyone is safe. (世界中の人々の安全と健康が確保されるまでは、誰も安全で健康にはなれない)”というメッセージを、日本をはじめ世界中の人々に伝え理解してもらうことが重要です。
紛争下、コロナ禍でも、日々、最前線で奮闘している赤十字・赤新月社のボランティアとスタッフの安全を確保し、難民や劣悪な環境におかれた人たちが「強く支えあい、たすけあえる」支援活動を途切れさせず実施できるよう努力していきたいです。
今回は、現地に駐在する苫米地代表、五十嵐代表から、バングラデシュ、中東(レバノン)における支援の現状とお二人の想いを紹介しました。感染症の拡大により社会的・経済的にすでに脆弱なバングラデシュ、中東地域の人びとはさらなる苦境に直面しており、赤十字は「誰も取り残さない」ために支援を継続しています。
本号と「きもちのしるし」を通じて、日赤が支援を続ける地域の現状を少しでも皆さまにお伝えすることができれば幸いです。皆さまからのこれまでのご支援・ご協力に対して深く感謝するとともに、引き続きのご支援・ご協力をどうぞ、よろしくお願いいたします。