バングラデシュ南部避難民保健医療支援: バングラデシュ人と避難民が協力する赤十字の活動
日本赤十字社(以下、日赤)は、2017年8月にミャンマー・ラカイン州で発生した暴力行為を逃れ、隣国バングラデシュへ避難してきた人びとの命と健康を守るため、同年9月から支援を継続しています。避難民の大量流入から間もなく7年。今回は、日赤現地代表部首席代表 藤﨑要員からの報告をお届けします。
※国際赤十字では、政治的・民族的背景及び避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。
2018年5月、バングラデシュ南部避難民支援事業は、日本人医療チームによる緊急医療支援からバングラデシュ赤新月社(以下、バ赤)を主体とした保健医療支援に移行しました。避難生活の長期化が避けられない状況下で必要なのは外部者による短期的支援ではなく、バ赤が避難民と地元コミュニティの自助や共助の力を引き出し予期せぬ事態に対応する力(レジリエンス)を高め、一人ひとりが健康で安心した生活を送ることができる状況を実現することだと考えたからです。診療所における一般診療及び母子保健サービスの提供、緊急医療支援時から継続して行われている地域保健活動及び心理社会的支援活動は、6年経過した現在も日赤が支援する本事業の柱です。
診療所の薬剤師と在庫の話をする藤﨑要員©日本赤十字社
避難民危機の長期化や世界で頻発する紛争・災害の影響による資金減少に由来する支援縮小や撤退、キャンプ内の治安悪化、デング熱や皮膚病等の感染症の流行など厳しい外部環境の中で、本事業は避難民の健康と安心な生活のためになくてはならない存在となっています。バングラデシュ人と避難民が協力して実施する本事業の各活動の一年間を振り返ります。
診療所(ヘルスポスト)
キャンプ12の小高い丘のそばに位置する診療所では、土曜日から木曜日の週6日間、一般診療及び母子保健の医療サービスを提供しています。外来のみで入院施設はありません。診療時間は昼休みなしの午前9時から午後3時までです。終了時間が少し早いのは、キャンプ外から通勤するバングラデシュ人職員やボランティアが暗くなる前に退出できるようにという安全面からの配慮で、キャンプで活動するすべての機関が守るルールでもあります。
2022年度 | 2023年度 | |
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年間診療所利用者数 | 30,698人 | 33,217人 |
年間稼働日 | 292日 | 294日 |
一日平均利用者数 | 105人 | 113人 |
診療所で働く職員及びボランティア※ |
ー |
職員10人 ボランティア25人 |
※職員は医師、看護師、助産師、薬剤師などのバ赤の医療専門職員。ボランティアには避難民と地元のバングラデシュ人の両方が含まれます。
2023年度の年間診療所利用者数は延べ33,217人で、2022年度から8.2%増加しました。利用者増加の背景には、昨年バングラデシュ全国で流行したデング熱に加えて、皮膚感染症の疥癬(かいせん)や急性呼吸器感染症が流行したこと、キャンプ12ではこれまでに4つの診療所が閉鎖され、現在は本診療所と二次医療を提供するプライマリーヘルスセンターの2カ所に減少したことが影響していると考えられます。
◆一般診療
看護師によるバイタルチェック©日本赤十字社
診療所が提供するサービスは、1)急性呼吸器感染症や皮膚感染症、急性下痢症、デング熱など感染症の治療、2)けが等の処置や簡単な検査、3)産前産後健診、新生児ケア、家族計画等母子保健サービス、4)非感染性疾患の治療及び生活指導があります。2023年8月には1カ月当たりの利用者数が過去最高となる3,794人を記録しました。診療所の対応能力を超えたことから、軽症の患者に対し後日の診察や近隣医療施設での受診を勧めるという大変苦しい対応を迫られる場面もありました。利用者からの苦情もありましたが、診療所職員及びボランティアによる丁寧な説明を通して理解促進に努めました。
◆母子保健
避難民キャンプでは若年結婚が広く見られ、また女性一人当たりの出産数が多いことから、妊産婦や新生児の死亡率が高い状況にあります。安全な妊娠出産のために産前産後健診や施設出産の普及や適切な家族計画の実施が必要となります。日赤が支援する診療所ではIpasというNGOと協力して、家族計画の処置を行っています。地域保健ボランティアによる地道な啓発活動などの結果、2023年度母子保健サービスの件数は6,388件となり、前年度の4,244件を大きく上回りました。
◆非感染性疾患
避難生活が長期化する中、避難民の間でストレスや運動不足、栄養バランスの悪い食事などの影響で、高血圧や糖尿病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息などの非感染性疾患が増加していると言われます。薬に頼りがちな患者に対し、毎週土曜日、診療所のマネージャーであるミロン医師が診療所を訪れた患者に対しバランスの良い食事や運動習慣の定着、禁煙等の生活指導も行っています。2023年度は計37回の生活改善指導を行い延べ760人が指導を受けました。
生活改善セッションの様子©日本赤十字社
医師による非感染性疾患患者の診察の様子©日本赤十字社
地域保健活動
地域保健活動とは、避難民キャンプのような医療資源の乏しい地域において、住民が健康を維持するために必要な知識や身近にある医療サービス等の情報を得ることで、病気や災害等の不測の事態に直面した際に対応できる力や知識を持つことを目指した活動です。ボランティアが担当世帯を訪問し、世帯個別やキャンプ全体の疾病動向を踏まえたテーマに関する情報提供を行うほか、妊産婦に定期健診の受診を促したり、非感染性疾患患者が健康的な生活を維持できるようフォローアップなども行います。
日赤が支援するキャンプ12と14では4名のバ赤職員と26名のボランティアが活動し、2023年度は延べ47,012回の世帯訪問を行いました。バ赤が運営する他地域4カ所の診療所と比較した当診療所の特徴は、利用者全体に占める非感染性疾患患者と母子保健サービスの割合が高いことです。診療所と地域保健活動との連携がうまくいっていることの現れであると考えられます。
地域保健ボランティアの終わりの会©日本赤十字社
地域保健ボランティアによる手洗い実演©日本赤十字社
◆ケーススタディ:アリ・アーメドさん(57歳、男性)
キャンプ12に住むアリさんは、両足が不自由なため一人で出歩くことができません。高血圧の薬を毎日飲まなくてはいけないと言われたものの、介助をする人が身近にいないことから医療施設に行くことが不可能でした。しかし、アリさんの元を訪れる地域保健ボランティアのジェバさんや他のボランティアのサポートを得て、定期的な受診が可能となり、薬もきちんと飲むようになりました。
ジェバさんの訪問を受けるアリさん©バングラデシュ赤新月社
地域保健ボランティアの介助を受けて診療所に来たアリさん©バングラデシュ赤新月社
その結果、アリさんの健康状態は良くなってきています。それだけでなく、孤独と孤立を感じていたアリさんにとって、地域保健ボランティアの存在が尊厳の回復と社会へのつながりを取り戻すきっかけになったのです。
心理社会的支援活動(PSS活動、こころのケア)
バングラデシュでの避難生活は移動や教育・就職に制限があり、将来の夢を思い描くのも難しい状況です。最近では食料配給の金額が減ったり、キャンプ内での治安の悪化など日々の生活に直接影響を与える事態も起きていることから、精神的不調を訴える人も少なくありません。心理社会的支援では、ボランティアや職員による心理的応急処置や年齢や性別に合わせたプログラムを提供し、不安の軽減や自己肯定感の醸成、友人や地域とのつながりを感じられるような活動を行っています。バ赤職員4人とボランティア16人が心理社会的支援活動を支えています。
2023年はおとなと子どもを合わせた1万人超が、心理社会的支援の活動に参加しました。ミシン縫いや刺繍は女の子たちの、絵画は思春期の男の子たちに人気のセッションです。
刺繍セッションに参加する女の子©日本赤十字社
絵画セッションに参加する男の子©日本赤十字社
日赤が支援する診療所(キャンプ12)、地域保健活動(キャンプ12及び14)、心理社会的支援活動(キャンプ12及び14)の直接運営には職員17人とボランティア67名が携わっています。更に運営を後方から支える日赤職員、バ赤職員など数多くの人が力をあわせて支援しています。2024年はこれまで以上に各活動が連携して、一人でも多くの避難民が適切な支援を受け、個人や避難民コミュニティが不測の事態にも対応できる力をつけることを目指した活動を継続します。どうぞ引き続きの支援をお願いします。
バングラデシュ南部避難民救援金を受け付けています
詳しくは、以下のボタンをクリックして、バングラデシュ南部避難民救援金ページをご覧ください。
また、日本赤十字社のバングラデシュ南部避難民支援に関するこれまでの活動もこちらからぜひご覧ください。