レバノン:医療費を利用者がほぼ自己負担する国での支援
日本赤十字社(日赤)は、レバノンに中東地域代表部を置き、中東地域の支援活動を行っています。今回はレバノンでの支援の様子についてお伝えします。
経済の混乱が医療サービスに深刻な影響
かつて豊かな文化と活気に満ちた国として知られた中東のレバノンは、1975年から1990年にかけての断続的な内戦によって荒廃し、その後も深刻な経済危機に見舞われています。2020年には政府が債務不履行を宣言し、経済状況はさらに悪化しました[1]。年間の平均インフレーションは2021年が154.8%、2022年が171.2%、2023年が222.42%[2]となり医療費も高騰しています。その結果、政府の国民保険では入院費用の負担などが難しくなり、医薬品への補助金も減少し、患者である国民が医療費をほぼ自己負担する状況が続いています。多くの人びとは高額な医療費がかかる病院ではなく、費用が抑えられる診療所[3]を利用するようになっています。診療所の運営は政府だけでなく、他の団体も行っており、レバノン赤十字社(レバノン赤)も救急車事業、血液事業に加え、診療所運営を行っています。
[1] Lebanon to default on debt payments for first time as crisis deepens (bbc.com)
[2] Lebanon’s inflation remains in the triple digits in 2023 - L'Orient Today (lorientlejour.com)
[3] 地域に根差した1次医療を提供する診療機能を持ち、保健・医療の予防・啓蒙活動といった保健所機能も併せ持つ施設。
役割が増しているレバノン赤の診療所
高騰する医療サービスの中にあって、レバノン赤の診療所は診察から処方薬の提供、様々な診断検査等まで、利用者が無理なく負担できるように約50円から約880円で提供しています。他の団体や私設の診療所は約7,900円から約23,600円で提供していることから、非常に低額です。しかしながら、施設の老朽化や職員の不足という従来からの問題に加え、近年では増え続ける利用者への対応にも追われています。そこで、レバノン赤は2022年からこうした問題に取り組む診療所改善事業を打ち出し、日赤は開始当初から支援を行ってきました。その支援先の一つであるバトロン地区の診療所に、このほど、レバノンの日赤中東地域代表部が視察に訪れました。
(左) バトロン診療所のクラウディン・ジアド看護師 (右) 日赤中東地域代表部のマリエール・カンジ、プログラム・コーディネーター
日赤の支援で様変わりしたレバノン赤バトロン診療所
バトロン診療所に勤務するクラウディン看護師によると、以前、診療所は職員が不足していたこともあり非常に混雑し、受付での聞き取りを十分に行うことができず、やって来た患者に、ただ順番通り対処していたと言います。また、処方薬の管理もしっかりできておらず、期限切れ間際の処方薬を渡すようなことがあったようです。その結果、優先すべき患者が後回しになったりして、効率よく患者に対応することができず、人びとは不平不満を持っていたようです。そこで診療所改善事業を通してまずは診療所の体制強化を図り、医師を常駐させるようにしました。医師は処方を作成し、それに基づいた処方薬が提供され、処方薬自体も有効期限に余裕があるものを提供できるよう管理を見直しました。また、受付スペースの拡張や人員配置の見直しによる受付機能の強化、診察室の増設等も行いました。
レバノンは国民一人当たりの難民受け入れ数が世界で最も多い国ですが[4]、難民や移民[5]といった国籍や、性別、年齢等の区別なく、質の高いサービスを提供するレバノン赤の診療所は、バトロンのみならず、近隣地域の人びとの間でも評判になり、利用者数が更に増加しています。
[4] At a glance 2022 (unhcr.org)
[5] 「難民とは、迫害のおそれ、紛争、暴力のまん延など、公共の秩序が著しく混乱したことによって、国際的な保護の必要性が生じた状況を理由に、出身国を逃れた人々」「国際移民とは、移住の理由や法的地位に関係なく、定住国を変更した人々」難民と移民の定義 | 国連広報センター (unic.or.jp)
(左) 会議室だった場所を、増加する利用者対応のために2つの診察室に改装(中、右)
また、バトロン診療所では、生活習慣病や高血圧といった、症状に気づきにくい慢性疾患の早期発見を目的に、近隣地域への巡回訪問も始めています。多くの患者を診てきたクラウディン看護師は、バトロン診療所を、利用者が適切な医療費負担で質の高い医療サービスを受けられる場所と考えています。彼女にとって、この診療所は地域社会の健康を促進する医療サービスの新たなモデルの象徴です。
日赤は2024年もレバノン赤の診療所改善事業を支援し、約15,000人の医療サービスに貢献する予定です。