命をかけて、大切なことを語り継ぐ~長崎被爆医師の奮闘~
今から79年前の1945年8月9日午前11時2分、長崎に原子爆弾が投下されました。同月6日に広島に人類史上初めて原爆が投下されてから、わずか3日後のことです。この一発の原爆で、約7万4000人の命が奪われ、重軽傷者も含めて約14万9000人が被害に遭う事態となりました。79年経った現在も多くの被爆者が原爆の後遺症に苦しみ、また精神的な不安に襲われ、広島や長崎にある赤十字病院などで治療を受けています。代表的な症状である白血病等の治療のためには輸血が不可欠です。
原爆投下時刻で止まったままの時計
©日本赤十字社
原爆投下直後の被爆者治療
©日本赤十字社
被爆者として、医師として
長崎県内の5大被爆者の会の一つである「長崎県被爆者手帳友の会」代表であり、日本赤十字社長崎原爆病院名誉院長である朝長万左男医師は、2歳のときに爆心地から2.7キロメートル離れた自宅で被爆。自宅は爆風で半壊したものの、奇跡的に母に助けられたそうです。その後、医師であった父の背中を見て医師を志し、白血病研究をライフワークに掲げ、長年にわたって多くの被爆者を診察してきました。原爆の人体への影響は、高い死亡率はもとより、重度の出血、外傷、やけど、脱毛、臓器細胞の損傷、白血病をはじめとする複数のがんの発症など、その多くが生涯にわたって、また世代を超えて被爆者を苦しめるものです。長期的なストレス・トラウマといった精神的ダメージにも焦点をあてて、研究は続けられてきました。
「研究者は、被爆の影響を世界に発信し、核兵器廃絶の原動力になる役割を負っている」
朝長医師は、これまで世界のあらゆる国際会議で被爆の実相と核兵器の廃絶を、被爆者として、そして医師として、訴えてきました。2011年11月、スイス・ジュネーブにおいて、世界各国の赤十字・赤新月社、国際赤十字・赤新月社連盟および赤十字国際委員会が一堂に会して、赤十字運動全体の課題を検討する会議が開催されました。その会議の議題の一つとして核兵器の問題が取り上げられ、朝長医師はそこで核兵器がもたらす惨禍についてスピーチを行いました。
「私に原爆投下当時の記憶はない。しかしその後私は血液学の専門医として原爆の後遺症を目の当たりにし、核兵器の使用は非道徳的であり、国際人道法に反するという1996年の国際司法裁判所の見解に完全に同意するにいたった。最近の研究では、原爆投下時に若かった被爆者が、高齢になると白血病の第2波に襲われることもわかってきている。最も悲惨なのは、被爆者がその心理的恐怖に一生耐えなければならないことである」
アメリカ社会の意識を変えていきたい
米国赤十字社のユースボランティア代表向けに原爆被害の研究結果や核兵器廃絶の課題を語った朝長医師
2023年11月、朝長医師は被爆者の声をじかにアメリカ社会、特に若者に届けるべく、代表を務める長崎県被爆者手帳友の会のメンバーとともにアメリカに渡り、約2週間の滞在の中で現地の学生を対象に各地で講演会・交流会を開催しました。その中で1000人以上の学生と意見交換をすると、核兵器廃絶に賛成する若い世代も少なくなかったと言います。しかし、どのように市民の廃絶に賛成する思いを結集させて、社会全体の啓発を図っていけばいいのか、誰も明確に答えられなかったようで、今後はこの課題を解決することに焦点をあてたいと述べています。
また2024年7月26日には米国赤十字社のユースボランティア代表と意見交換を行いました。米国赤十字社のユースボランティア(13~24歳)は、「ユース・アクション・キャンペーン」と題して、国際人道法の知識を同世代に普及する活動を行っており、この1年間(2023年~2024年の夏まで)は「核兵器と武力紛争」をテーマに取り組んできました。その総まとめとして、テーマに沿ったさまざまな有識者を招いて、全米のユースメンバーの代表とオンラインで交流するイベントを数回企画し、その一つとして、朝長医師が招かれました。まずはユースメンバーが核兵器の種類や威力、保有国が武力紛争に関わっているという現在の核兵器使用のリスクなどを発表。続いて、朝長医師が広島・長崎の被爆体験を交えながら、主に医学的な側面で核兵器が人体に与える非人道的な影響について、10万回以上閲覧されている2019年の論文をもとに講演を行いました。
講演後、ユースからは、「核兵器廃絶に向けた活動にあたり、どんな課題や難しさを実感していますか?」「アメリカのユースがこれから啓発活動を行っていくにあたって、アドバイスはありますか?」といった質問が上がり、朝長医師と活発に意見交換をしました。イベントの最後に朝長医師は、「核兵器は新たに作られるべきではないし、二度と使われるべきではない。最終的には廃絶されるべきだ。核の時代が続くことは、特にユースの皆さんやその次の世代にとって悪影響がある。過去に使用されたものよりもさらに深刻な被害をもたらす核兵器が使われるリスクすらある。この広島・長崎の惨禍を経て、人類が核兵器のない世界を実現するために、リスクを認識された皆さんには、アメリカ社会を核兵器廃絶の方向に変えていくために、どう行動していけるかを考えてほしい」と呼びかけました。自らも被爆しながら、原爆被害に長年向き合ってきた専門家である朝長医師からのストレートなメッセージを、アメリカの若者たちは真剣なまなざしで受け止めていました。
朝長医師の講演とその後の質疑応答に真剣なまなざしで向き合う米国赤十字社のユースメンバー
戦後80年を迎えるにあたって
来年は、広島・長崎に原爆が投下されてから80年という節目の年を迎えます。
世界には現在1万2000発以上の核兵器が存在しているとされ、国際社会では政治的緊張による核兵器使用の可能性の高まり、日本国内では戦争体験者や被爆者の高齢化が進む中で、3月には核兵器禁止条約の第3回締約国会議がニューヨークの国連本部で開催される予定です。
朝長医師のようにまさに「命をかけて」大切なことを伝えようと取り組んでいる人がいます。これから私たちは何を学び何を教訓に行動していくべきでしょうか。
「教育とは、学校で学んだことを一切忘れてしまったあとに、なお残っているものだ」
アルバート・アインシュタイン