ウクライナ人道危機 地域コミュニティにおけるリハビリテーション支援
紛争下における保健医療サービス
2022年2月にウクライナで激化した武力紛争は、2年半が経過した今も続いています。各地での激しい戦闘やミサイル攻撃によって毎日のようにどこかで人が亡くなり、多くの負傷者が出ています。またこの紛争によって、多くの人びとが国内外に避難することとなり、家族や友人との別れももたらしています。このような紛争下において、国際赤十字は、人びとの命を守るための支援だけでなく、けがや病気を負った人びとが自分たちの生活を取り戻すための支援も行っています。
2023年4月、ウクライナ西部のリヴィウ市で国際リハビリテーション・フォーラム(International Rehabilitation Forum in Lviv)が開催され、この中で、人びとが地域コミュニティで受けられるリハビリテーション・サービスが十分ではないことが、ひとつの課題として挙がりました。ウクライナ赤十字社(以下、ウクライナ赤)は、この課題に取り組むために、すでに実施中の巡回診療、在宅ケア、こころのケア事業に加え、新たに訪問リハビリテーション事業を実施することで、包括的な保健医療サービスを提供する方針を打ち出しました。
スーミ州での巡回診療事業🄫IFRC
テルノーピリ州での在宅ケア事業🄫IFRC
訪問リハビリテーション事業(以下、訪問リハビリ事業)は、理学療法士(PT:Physical Therapist)と理学療法アシスタント(PTA:Physical Therapist Assistant)が、対象となる人びとの住まいを訪問して、リハビリテーション(以下、リハビリ)を提供する活動を行っています。また本事業の特徴として、PTとPTAは、心理社会的支援の研修も受けていることから、身体的リハビリだけでなく、こころのケアも提供できることが挙げられます。
ウクライナにおけるリハビリテーションの課題
ウクライナでは、入院していた患者が退院後に住まいに戻ってから受けられる地域コミュニティでのリハビリサービスの制度が、十分に整っていません。このことは、人びとが自分たちの生活を取り戻すことを難しくしています。また他の課題として、この紛争によってリハビリのニーズは高まっている一方で、国内に理学療法士などの専門的人材が不足していることが挙げられます。ウクライナにおけるリハビリは、これまで旧ソ連時代から続いてきたマッサージやリラクゼーションが主体となっていました。2014年以降、高等教育機関においては、医療的なリハビリを目的としたカリキュラムの変更が行われていますが、地域や教育機関によってレベルに大きな格差が見られます。このようにリハビリが発展途上にあるウクライナにおいて、ウクライナ赤は多くの準備を経て、訪問リハビリ事業を開始しました。
PTによる訪問リハビリ🄫URCS
ウクライナ赤への支援と理学療法士の活動
日本赤十字社(以下、日赤)は、ウクライナ赤が西部地域のイヴァノ=フランキウスク州で訪問リハビリ事業を実施するために資金援助を行っています。またリハビリの技術支援のために、日本赤十字愛知医療センター名古屋第二病院の中島久元(なかしま ひさもと)理学療法士を現地に派遣しています。今回、中島さんより現地での活動について報告を寄せていただきました。
「私は理学療法士として、ウクライナ赤が進める地域コミュニティでのリハビリサービス提供を支援しています。とくに専門的なリハビリ人材の不足に対して、PTとPTAの人材育成は非常に重要であるため、ウクライナ赤本社のPTとともに、各州のPTとPTAへのトレーニングなどを支援しています。その中には、訪問リハビリでの自宅訪問に同行してフィードバックなどを行う実地指導や、各州からPTとPTAが集まって行う合同実技研修の実施などがあります。」
「ウクライナ赤が進めている地域コミュニティでのリハビリサービスの提供は、これまでリハビリサービスに手が届かなかった人びと、とくに医療へのアクセスが難しい地域の人びとを、誰一人取り残さないための活動でもあります。訪問リハビリ事業は各州で始まってまだ長くありませんが、今後、より多くの人びとにリーチしていくこと、提供するリハビリサービスの質を高めていくこと、そして活動の継続性を図り、今後地域コミュニティでのリハビリサービスの基盤を作っていくことを目指し、ウクライナ赤チームとともに活動を進めていきたいと考えています。」
中島さんの活動を短い動画にまとめています。こちらからご覧ください。
中島さんが印象に残ったこと
「紛争における戦闘により頭部に外傷を負い、手術で一命を取り留めたが、左半身に重度のまひを負ったボグダンさん。理学療法士とリハビリをしながら、『けがはつらいことだけど、練習を続けて良くなりたい、また生活に戻りたい』と語ってくれました。リハビリの最後には、『みんなで写真を撮りたい』と、胸を張って立ちながら、笑顔を見せてくれるボグダンさんがいました。つらく厳しい現実の中でも自ら前を向こうとしていると、私は感じました。苦しい状況の中で、それでも前を向き、自分らしい日常を取り戻そうとしている多くの人びとに今私たちができる事を考えます。」
リハビリセンターでボグダンさんを囲んで(写真左から中島さん、ボグダンさん)🄫JRCS
赤十字は人びとの日々を支えるための支援を今後も続けるとともに、いまだ終わりの見えない武力紛争と並行して進んでいる復興への支援も進めてまいります。引き続きウクライナ人道危機へご関心をお寄せいただくとともに、「ウクライナ人道危機救援金」へのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。