メコン地域における赤十字の保健課題への取り組み:保健要員からの報告

東南アジア地域で最長と言われるメコン川。その流域に位置する国々は、著しい経済発展を遂げる一方で、感染症などさまざまな課題を抱えています。日本赤十字社(以下、「日赤」)は、国際赤十字・赤新月社連盟を通じて、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナムの4カ国で、その地に根ざした保健衛生支援を現地のニーズに合わせて展開しています。

今号では、2023年9月から1年間、同地域を管轄する連盟準地域事務所に派遣された野村磨紀看護師より、活動の一部をご紹介します。

お坊さんとこころのケアを(カンボジア)

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HIVプロジェクトの一環でタイ国境付近において教育活動をする様子(左)と村の住民に配布しているパンフレット(右) © 日本赤十字社

カンボジアとラオスを対象に1年間のHIV/エイズのプロジェクトを担当しました。カンボジア赤十字社(以下、「カンボジア赤」)は、長年、HIV感染症対策に取り組んできました。このプロジェクトでは、タイとの国境付近の移民を主な対象として、国連移住機関(IOM)と共にHIV/エイズに関する冊子を配布しました。国境付近にはカジノが隣接し、性産業やドラッグの乱用が横行しているため、感染の予防に力を入れる必要があるのです。

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お寺でのHIV/エイズの教育・こころのケア活動 © 日本赤十字社

工夫を感じたのは、地元の僧侶と連携した啓発活動です。お寺の講堂にエイズを発症した患者を招き、僧侶が命の大切さと治療の重要性を説きます。参加者にはお寺の寄付によりお米や日用品が配られました。この活動は“こころの救急法”に位置づけられ、カンボジア赤はさらなる支援へとつなげていきます。

エイズへの偏見を取り除くために(ラオス)

画像 HIV/エイズの教育・こころのケア活動 © 日本赤十字社

ラオスではエイズに対する偏見が深く根付いており、正しい知識を広めるための啓発活動は、時間をかけた根気強い取り組みが必要でした。村の住民の間にはいまだに誤解が広まり、エイズ患者は孤立しがちで病院に行くことすら周囲に悟られないよう気を遣っていました。このため、患者にコンタクトを取ることが非常に難しく、患者からの信頼が厚い地元の支援団体の力を借りて、対象者へ支援を届ける必要がありました。
ラオス赤十字社(以下、「ラオス赤」)は住民に対して、正しいHIV/エイズの知識が広まるよう、啓発活動を続けました。「エイズ患者を差別してはいけない」と訴えるのではなく、「食器や浴室の共用では感染しない」といった正しい知識を伝えることで、人々の偏見を少しずつ取り除いていったのです。

日本の支援が届いたことを実感したラオス救急法事業(ラオス)

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救急法講習の様子 © 日本赤十字社

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学生へのインタビュー © 日本赤十字社

ラオス赤ではもう一つ、6つの県を対象にした救急法の普及支援プロジェクトも担当しました。その中で忘れられないのは、チャンパサク県で行われる救急法の講習に立ち会った時のことです。
ラオス赤の救急法講習に参加した高校生が、「祖母の命を心肺蘇生法で救うことができた」と感謝の言葉を伝えてくれました。ラオス赤の救急法は日赤が長年支援をしてきた歴史があります。ラオス赤の活動に日本の支援がしっかり届いていることを実感しうれしくなった瞬間でした。
ラオスの地方部は医療へのアクセスがまだ十分ではありません。日赤の支援を通じて、ラオス赤の救急法の質は向上したと感じますし、救急法指導員の士気も高いです。ラオス赤では現在、「医療アクセスが十分ではない地方に赤十字の救急法を広めていきたい」と強い意欲を示しています。

救急隊の若者たち(ラオス)

画像 救急隊の若者たちと共に © 日本赤十字社

もう一つ、ラオス赤の保健活動を見る中で印象的だったのが、救急隊の若者たちです。彼らは、普段は働いたり、学校で学んだりしながら、無償のボランティアとしてこの活動に参加しています。2交代制で常駐し、出動の要請に応えて、傷の手当、亡くなった方の搬送、蛇の駆除などに対応します。
彼らは「人を救いたい」「家族が救急隊に助けてもらったことがあり、自分も役に立ちたいと思った」といったさまざまな動機で活動に参加しています。彼らの献身的な姿勢は、報酬を求めずとも人々を救いたいという強い意志に裏打ちされており、私自身もその姿に深い感銘を受けました。このように、現地の赤十字社は、ボランティアの力に支えられながら、医療や保健のサービスの不足を補い、命を救う活動を続けているのです。

任期終了間際に起こった感染症の流行と、この1年を振り返って

画像 チームでミーティングを行う野村看護師 © 日本赤十字社

任期終了間際、エムポックス(MPOX)の感染拡大の報告を受け、現地の状況把握と対策に追われました。保健要員として、地域の人々の健康と尊厳を守る重要な役割を担う責任感を改めて感じる出来事でした。
1年間の活動を振り返ると、多くの課題がありながらも、小さな取り組みの積み重ねが着実に実を結んでいることを実感します。このバトンを次の要員に引き継ぎながらも、今後もこの地域での活動が根付くことを心から願っています。

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