バングラデシュ南部避難民キャンプでの「こころのケア」   ~希望を未来に繋げていくために~

バングラデシュ南部コックスバザールの避難民キャンプでは、大規模流入から7年が経過した現在も100万人以上が先行きが見えない生活を余儀なくされています。どこの国籍も持たない避難民は、移動や就業などが制限されていて、物理的にも心理的にも閉塞感が強い環境下で暮らす中、熱波やサイクロン、大雨などの自然災害にもさらされています。また、避難民の多くがミャンマーへの帰還を望んでいる一方で、バングラデシュは避難民を受け入れて支援の要となっていますが、それぞれの国内情勢が避難民の生活に与える影響も大きくなっています。自らの力が及ばないような困難に直面する日々は、人びとの心に大きな負担となっています。
世界保健機関(WHO)の憲章では、「健康とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態」、と定義されています。避難民が日々健康的な生活を送るために欠かせない要素である心の健康を支えるために、日本赤十字社(以下、日赤)がバングラデシュ赤新月社職員や避難民ボランティアとともに行っている心理社会的支援(以下、こころのケア)の活動や、その活動に関わる人びとについて紹介します。(報告者:日本赤十字社和歌山医療センター 林優子)

画像 避難民キャンプでの心理社会的支援活動の様子(子ども向けセッション)

避難民の不安や悩みに耳を傾け、支援につなげる:心理的応急処置(サイコロジカル・ファースト・エイド:PFA)

避難民キャンプ内では、多くの支援団体が診療所を運営しており、日赤が支援する診療所もあります。バングラデシュ赤新月社のこころのケアチームは、診療所敷地内のスペースを利用して、診療所を訪れる人びとに困り事や悩みなどを聞いて、精神医療を含め、その人に必要な支援やサービスにつなげる心理的応急処置(Psychological First Aid : PFA)を実施しています。患者や妊産婦の中には、生活での不安や心配事、気持ちの落ち込みなどを抱えている人が少なくありませんが、自分の思いをじっくり話せて、どんな情報や支援があるのか相談できる窓口があることを知らない人もいます。そこで、こころのケアチームは診療所責任者らの協力のもと、診療所で働くスタッフやボランティアに対して、心理的ストレス状態の見分け方など、こころのケアに関する基礎研修を実施しました。研修を受けたスタッフやボランティアが、患者に対して、「今日の気分はどうですか」、「もし悩み事があったらいつでも話してください」といった声がけを日常的に行うことで、活動は徐々に周知され、PFAの部屋を訪れる人は日々増加しています。PFAを受けたある女性は、「心配事を聞いてもらって心が軽くなりました。悩みは尽きないけれど、いつでもここに話しに来られると思うと心強いです」と話してくれました。
診療所責任者のミロン医師は、「日々の診療を通じて、こころのケアを必要とする患者が増えてきているのを実感しています。キャンプでの生活にはさまざまなストレス要因があり、こころのケアに対する潜在的なニーズはとても高いです。人びとにこの診療所でこころのケアを受けられることを広める働きかけが大切です」と話します。

画像 グループPFAを受ける患者たち

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診療所スタッフとボランティアに向けて、診療所でのPFAの重要性を話すミロン医師

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PFA実施方法について話し合うこころのケアチーム職員と報告者

いつもそこに、みんなで笑いあえる平和な場所”シャンティ カナ”:コミュニティ・セーフ・スペース

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バングラデシュ赤新月社のこころのケアチームは、避難民キャンプにおいて、コミュニティ・セーフ・スペース(Community Safe Space:CSS)という人びとが安心・安全を感じて集まれる空間を提供し、そこで子どもから成人まで、年齢・性別に合ったさまざまな活動を行っています。
地域の人びとはこの場所を、彼らの言葉で“平和な場所”を意味する、シャンティ・カナ(Shanti Khana)と呼び親しんでいます。(右写真:コミュニティ・セーフ・スペース)

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参加者の男性は、「ここは広く清潔で、気持ちが落ち着きます。手作業をしながら、スタッフや他の参加者と普段の何げない話や気になっていることを話して過ごします」と言います。CSSの参加者には地域の保安委員会のメンバーを兼ねている人も多く、CSSでは委員会議を定期的に行い、避難民キャンプの生活安全を守る役目も担っています。(左写真:避難民ボランティアとCSSで手作業をする参加者)

思春期の子どもたちは、男女それぞれの部屋に分かれて、テーマに沿ったグループディスカッション、基礎的な英語やミャンマー語の学習、描画や服の仕立て、刺しゅう、身体を動かすレクリエーションなどを行います。基礎英語は、実生活で役立つフレーズなどが多く盛り込まれていると人気で、CSSで一番楽しいと言う参加者も多くいます。
 参加者からは、次のような声が聞かれます。
「住んでいる家は狭く、身だしなみを整えるのも難しいことがある。ここでは自分に向き合う時間を過ごすことができてうれしい」
「服の仕立て作業が楽しい。妹たちの服も作ってあげることができた」
「普段自由に移動することはできないが、きれいな景色の絵を描くと、自分がまるでそこにいるかのように思えて気分が良くなる。将来は絵を描く仕事がしたい」
「ストレスを感じた時の心の状態や対処の方法を学んだ。家族や周辺にストレスで悩んでいる人がいたら少しでも心が軽くなるように一緒に考えてあげたい」

画像 好きなセッションについて話す参加者と、それを聞く避難民ボランティアと報告者

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参加者どうしで髪を整える様子

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避難民ボランティアにミシンを教わる女の子

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1時間で描き上げた絵を見せてくれる男の子

さまざまなセッションを通じ、安全なコミュニティで楽しく交流する体験を積むことで、緊張や不安が和らぎ、自尊心や自己効力感を高め、困難な状況への適応力を高めていくことが期待されます。

画像 避難民ボランティアと電車遊びをする子どもたち

このような人道危機下のこころのケアは、国や組織を超えた共通の考え方・手法を用いた活動を通じて、人が持つ適応力や回復力を本来通り発揮してストレスを自ら克服できるようにサポートすることを目的としています。また、より深刻な精神状態に陥ることを予防するために、早期からのこころのケアが重要とされています。ストレスへの対応力や回復力を発揮するための方法は、人それぞれに合ったやり方があり、避難民キャンプでのこころのケアでもいろいろな活動を実施しています。

支援活動の要、ボランティア

避難民キャンプでの支援活動を運営するには、ボランティアの存在が欠かせません。
ボランティアには、キャンプで暮らす避難民と、キャンプ周辺の地域(ホストコミュニティ)で暮らすバングラデシュ人がいます。彼らは、バングラデシュ赤新月社のこころのケアチームとともに日々の活動を行っています。

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自らも避難民でありながら避難民支援に携わる避難民ボランティアと、避難民キャンプの外からキャンプ内の施設に通い、避難民支援を行うホストコミュニティボランティアは、互いの立場を尊重し合い、志を合わせて活動に取り組んでいます。
 子どもたちは、日々自分たちに向き合ってくれるボランティアを信頼していて、いさかいなどがあって対応に困る時には、ボランティアに仲裁の助けを求めてCSSまで呼びに来ることもあるといいます。CSSに通う一番の理由を聞くと、「ボランティアの人たちと会って話ができるから」と答えた子もいました。(右写真:ボランティアがそろって業務改善の話し合いをする様子)

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懸命に毎日を生きながら支援活動に携わるボランティアの姿は、子どもたちがこれからの在り方を考えるうえでの良きロールモデル(模範)であり、また、地域社会を健全に形作る中心的な存在のひとつとなっています。(左写真:キャンプで発生した火事の消火活動を行う避難民ボランティア©BDRCS)

おわりに

避難民キャンプに大規模な流入が発生した当初は、山の木を切り倒した山肌が、ひしめきあう簡易住宅の合間からところどころ見えていました。7年が経過した今は、多くの緑が生い茂り、たくさんの子どもの笑顔にも出会います。
 しかし、さまざまな自由を制限された生活であること、また、今後の見通しが立っていないことには変わりありません。長引く避難生活や未来の不透明さ、避難民キャンプ内外の情勢不安などによるストレスが増大する中、より深刻な状態に陥ることを予防し、人びとが自身の平和と希望を再建するための活動や、必要な医療を受ける活動の重要性がますます高まっています。必要な支援を継続し、希望を未来につなげていくために、皆さまの温かいご支援をお願いいたします。

バングラデシュ南部避難民救援金を受け付けています!

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右の二次元コードを読み込んでいただき、バングラデシュ南部避難民救援金ページをご覧ください。

また、日赤のバングラデシュ南部避難民支援に関するこれまでの活動もこちらからぜひご覧ください。

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