"地域に根ざした"防災・減災を~フィリピン中部台風復興支援事業~
2013年11月、フィリピン中部に壊滅的な被害をもたらした台風30号(英語名:Haiyan)。国民の約16%、1,600万人が被災したこの災害による経済的損失は2.3億米ドルと推定されます。
日赤はフィリピン赤十字社(以下、「フィリピン赤」)とともに、発生直後の緊急救援活動に続けて、多岐にわたる復興支援を実施してきました。その終盤の2018年、台風に加えて地震など災害が多発するセブ島北部で、地域の災害対応能力を高める取り組みが始まりました。本号では、日赤フィリピン現地代表部の吉田祐子代表がその成果と課題についてご報告します。
「あなたの地域の強みや経験は?」ボランティアが情報収集
「セブ島北部における地域に根ざした防災・減災事業」(以下、「本事業」)は、ボゴ、メデリン、タボゴン、という3つの市・町から、各3か所ずつ、合計9つのバランガイ[1]を対象としています。まず、取り組んだのは、住民の中から赤十字の活動を推進するボランティアを育成することでした。対象地域はセブ市より100km以上離れており、赤十字の知名度は低かったのですが、台風災害の際にフィリピン赤の活動を手伝った人びとがボランティアの中心となって住民に働きかけた結果、救急法や減災などの研修を受講した396人ものボランティアが育成されました。また、自治体職員と共に、災害や防災に関する住民の知識・習慣の調査(ベースライン調査)や、地域に潜在する災害リスクの特定と災害に対するバランガイの強み・弱みを明らかにする調査(Vulnerability Capacity Assessment:VCA)を実施しました。これらの事前調査を終え、調査結果を活かした活動が始まった矢先、新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」)が蔓延。政府による移動制限の措置が取られたことから本事業も活動の見合せを余儀なくされました。
2020年3月からの活動自粛中、事業スタッフはセブ州支部・ボゴ支部スタッフと共に、フィリピン赤が展開する感染症予防の啓発活動、臨時の手洗い場の設置などに取り組みながら、事業地バランガイ、自治体職員と電話による対話を続けました。その後、COVID-19の緊急対応が一段落し、政府による移動制限措置が緩和されたことから、事業スタッフ、ボランティア、自治体職員そして地域の人々に本事業を再開する機運が生まれ、2020年9月、7カ月間の活動自粛期間を経て、活動が再開されました。
[1] 市や町の下に設置され、村や地区を含むフィリピンの最小行政単位。フィリピン国内に42,000あまり存在する。
「私たちの地域の危険は自ら検証したい!」
私たちが事業計画を作る時、事業目標は、大規模災害や未曾有の事態などのコントロールできないことに見舞われない前提で考えます。今回、事業開始時は予期し得なかった世界的なCOVID-19の感染拡大を受けて、事業計画の見直しは必須でした。しかしここで重要なのは、活動を心待ちにするバランガイの人びとの理解を得ることです。災害が頻発し、その被害が大きい地域では、事業に対する期待が高まっていました。そこで、政府の移動制限措置の範囲内で実施が可能な活動をバランガイの人びとと話し合い、また支援ニーズの変化に応じて活動内容を柔軟に変更するなど、思い切った"計画の再計画"を行ったのです。
各バランガイにおける災害等発生時の対応計画の作成と、住民の対応能力の強化は、住民と自治体、フィリピン赤の間で実施が合意された活動の一つです。そこで、対応計画作成ワークショップが、2020年9月7日にボゴで、以降はメデリン、タボゴンでも続いて開催されました。講師に各自治体の担当者を招き、住民には計画の目的や内容などの基本を学ぶ機会が提供されました。このワークショップでは当初、実地訓練も含まれていましたが、「潜在する危険は各バランガイで異なるため、予め用意された訓練を受けるだけではなく、独自に検証したい」との意見が参加者側から挙がりました。これはバランガイの真摯な姿勢を象徴する印象的な場面でした。
また、今回作成された対応計画は、フィリピン政府が策定を主導する「バランガイ防災計画」の一部を担うことから、「政府の取り組みを必要に応じて補完する」というフィリピン赤の持つ重要な役目が反映されています。ワークショップ後の12月、ボゴでは、3か所すべてのバランガイで対応計画の策定が完了し、実地訓練も行われました。
この実地訓練時の中で、ボゴ支部は赤十字ボランティアが救急車で負傷者などを搬送することを想定した研修も取り入れました。こうして養成された赤十字活動チームは、緊急時における今後の活躍が期待されます。
事業終了後も安全な暮らしが続くように
フィリピン赤は、山間地域における緊急救援や予防接種活動において、経験豊富な赤十字社です。一方で本事業は、フィリピン赤にとって非常に意欲的かつ、挑戦的な事業だったと感じています。それは、事業地においてフィリピン赤の活動を知る住民が少なかったこと、事業地は保健衛生上、自然災害上のリスクを抱える地域だったこと、そして、これまでそのような地域において中長期的な防災・減災への取り組みの経験が少なかったことが理由です。
本事業の日赤からの支援は2020年12月をもって終了しました。しかし、全ての活動が計画通りに実施できたわけではありません。メデリン、タボゴンでの対応計画作りは各バランガイごとに異なり、実地訓練の日程も未確定です。そこで、本事業スタッフのマぺさんは、事業終了後の活動継続を話し合うワークショップを企画・開催しました。各バランガイから参加した住民は、「様々な事情から、事業期間には終わりませんでしたが、現在作成中の対応計画を完成させ、実地訓練についても実施していきたいです」と今後の意気込みを話してくれました。加えて、ボゴ支部が事業地のモニタリングや自治体とのコミュニケーションを継続する役割を担うことが確認されました。
また、本事業の活動拠点を担ったフィリピン赤ボゴ支部は、セブ島中部に位置するフィリピン赤セブ州支部と、セブ島北部被災地域との中継地として、本事業を含む復興支援中に重要な役割を果たしました。そして、復興支援が終了した後も、この地域のフィリピン赤の活動拠点となるよう、日赤をはじめ、ドイツ赤十字社、フランス赤十字社などの支援により新たに設置された支部でもあるのです。
復興支援が終了しても、支部の役割に終わりはありません。これからも、フィリピン赤が継続する災害の備えに対する取り組みや救急法等各種講習の開催を通じて、この新しい支部と地域の人びとの災害対応能力がより一層強化され、育まれていくことを願っています。