癒えない記憶と明日への希望~浪江町民健康調査
日本赤十字社は福島県いわき市で、福島第一原子力発電所の事故によって避難している浪江町民の健康調査と健康支援活動を続けています。
長岡赤十字病院(新潟県長岡市)の高橋恵子看護師と高槻赤十字病院(大阪府高槻市)の梅本美紀看護師が1月4~29日、いわき市に滞在。各ご家庭を訪問しました。
3月11日が近づくと思い出す、あの日の光景
高橋看護師は訪問先で、ある女性から「3月11日が近づくと心が落ち着かず、一人でいると不安です」と聞きました。
東日本大震災の発生当時、家族は無事でしたが、津波を目の当たりにし、さらに子どもの友人たちが津波に巻き込まれ、一人は行方不明に、もう一人は命を落としました。
友人を亡くしたわが子を励ましながら避難生活を続けた後、いわき市内に家を購入。住み続けられる家を得て安心していますが、震災からまもなく5年を迎える今も、津波の恐怖がフラッシュバックで襲ってくると言います。
「こうしたお話を伺うと、町民方がたのお気持ちはいまだに平穏とほど遠いことがよく分かりました」と、高橋看護師は活動を振り返ります。
娘の将来を案じて、「同居しない」と選択
梅本看護師は、一人暮らしの80歳代の女性のことが忘れられません。
この女性は震災直後、当時独身だった娘さんから同居の申し入れがありました。しかし、「娘はこれから結婚するかもしれない。その時、自分が同居していると差し障りがあるのでは」と考え、一人暮らしを選んだと言います。
その後、娘さんは結婚。「娘と同居しない選択でよかったと思います」と明るく語りました。
「浪江町に帰れるようになったら、必ず帰って自分で生活したい。もし一人で生活ができなくなったら、その時は娘夫婦との同居も考えたい」と、将来に向けた気持ちも聞くことができました。
梅本看護師は「浪江町民は震災によって、家族と同居するか、独居するかなど、状況に応じて難しい選択をせざるを得ない生活をしていることを、全国の皆さんに知ってほしい」と語りました。
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