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東日本大震災活動レポート

医療支援

宮城県・女川町に医療センター再建
「赤十字発祥の地」スイスが全額出資

12/04/18

「スイス国民から寄せられた善意は、本センターの再建に象徴されています。女川町民は決して忘れず、永遠に語り継がれるものでしょう」(須田善明女川町長)
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた女川町地域医療センター(被災当時は女川町立病院)。スイス赤十字社やスイス財団などから日本赤十字社に寄せられた海外救援金を財源に再建が進められてきましたが、このほど復旧・改修工事が完了。平成24年4月15日に行われた竣工式で須田町長は、スイス国民への感謝を述べるとともに、「公平・公正な医療と介護を提供しながら、町民の安心した暮らしを支え、復興と発展に貢献していきます」と決意を表明しました。
(写真:正面玄関横に作られた銘板の除幕式)

■旧病院は津波で半壊。それでも町の医療を死守
 昨年の東日本大震災では、800人あまりの町民と全建物の約7割(約4500棟)を失った宮城県・女川町。海抜16メートルの高台に位置する女川町立病院にも2メートルほどの津波が押し寄せ、1階部分の設備が流失するなど、壊滅的な被害を受けました。
 そうした状況にありながらも、同病院は診療を継続。女川に唯一となった医療を守り続けました。須田町長は「この病院が機能していなかったら、もっと多くのいのちが失われてしまっただろう」と奮闘をたたえます。そして、町としても医療の復旧を最優先事項と定め、震災の1カ月後から病院の再建に着手。日赤は資金面からそれを後押ししました。

■医療センターはスイスと日本の「きずな」
 女川町立病院が昨年10月、介護施設と一体化して女川町立地域医療センターとなった経緯から、今回のリニューアルは「医療と介護の一体的施設」をコンセプトに介護保健施設としての機能を強化しています。介護用病床を100床に増やし、通所リハビリテーションの定数の枠も拡大。今後は、離島や仮設住宅に暮らす町民への訪問看護、訪問リハビリなど在宅サービスも充実させていきます。施設の運営は、東日本大震災直後から空路で医師を派遣し、女川の医療をサポートし続けた公益社団法人地域医療振興協会が担うことになりました。

 

竣工式には、近衞忠煇日本赤十字社社長をはじめ、ウルス・ブーヘル駐日スイス大使やスイス赤十字社のマーティン・フューラー国際部部長が列席しました。フューラー部長は祝辞で、東日本大震災発災後、スイス赤十字社の電話が鳴りやまぬほど、国民から支援の申し出があったことを紹介し、「(その支援で)医療センターが美しく改修されたことにとても感銘を受けました」とコメント。近衞社長は、医療センターを日本とスイスを結ぶ「きずなの証」と表現し、「女川町および地域の人々のいのちと健康、そして尊厳を守る拠点として、立派に役割を果たしていかれることを期待しています」とエールを送りました。
(写真:式典の最後に今後の復興を願い白いハトの風船を飛ばしました)