日赤事業担当職員が語る!~新型コロナウイルス感染症に対応する各国赤十字社~(前編)
日本赤十字社(以下、日赤)では、世界各地に職員を派遣して、現地の赤十字社とともに人道支援活動を行っています。ところが、現在は新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の影響で渡航が制限されており、ルワンダ、フィリピン、ネパール駐在職員も本年3月までに一時帰国し、日本から業務を続けています。
そこで、今週と来週の2回にわたり、各国の状況や赤十字の対応、今だから考える支援について、そして今遠く離れている同僚や友人への想い等を職員による対談形式でお届けします。
各国の状況は?
(吉田拓さん、以下「吉田拓」) ムラホ(こんにちは)!ルワンダのレジリエンス強化事業を担当している吉田拓です。まずはアフリカ東部に位置するルワンダの状況をお伝えします。ルワンダは人口1,230万人の小さな国ですが、現在、感染者数は460人[1]を超え、ゆるやかに増加を続けています。
3月中旬に政府が国境封鎖を行った前後に帰国したルワンダ人や、隣国タンザニア、ブルンジやコンゴ民主共和国から生活必需品を陸路輸送するトラック運転手などの感染が確認されていますが、国内で市中感染が広がっているという状況ではありません。6月2日には国内の一部地域を除いて実質的に移動が自由になりました。こういった点では、政府の対応が国民の信頼を得ています。フィリピンの状況はいかがですか?
(吉田祐子さん、以下「吉田祐」)マガンダン・ウマーガ(こんにちは)!フィリピンで保健医療支援事業と2013年の中部台風復興支援事業を担当する吉田祐子です。1.06億人が暮らすフィリピン国内でも感染者は毎日確認されています。4月から5月末ごろまでは200人~300人の感染者でしたが、5月末から500人以上となる日も認められるようになりました。マニラ首都圏で国内の感染者の6~7割程度を占めています。フィリピン政府は新型コロナ対応のための対策本部を立ち上げ、まずは3月17日からルソン島全域に隔離措置を発出。現在、フィリピン全土に広がった隔離措置は4段階あり、各措置のガイドラインに則り、生活全般が規制されています。6月1日よりマニラ首都圏では一般的隔離措置に段階が下げられました。他国と同様、重篤な患者さんに病床を優先的に割り当て、中・軽症者の隔離施設を用意する等の努力が続けられています。第2波の襲来に注意しながらも経済を立て直す課題はフィリピンでも関心が高いです。ネパールの状況はどうですか?
(五十嵐和代さん、以下「五十嵐」)ナマステ(こんにちは)!ネパールで2015年4月に起こったネパール地震復興支援事業と地域防災事業を担当している五十嵐和代です。ネパールの感染者は5月~6月に入って急激に増えてきました。ネパールは人口2,809万人の小さな国ですが、6月18日時点の感染者は7,848人を超えています。当初は主にスクリーニング検査によって感染が判明した隣国インドから帰国したネパール人の労働者のケースが中心で、地域も限定的でした。しかし、現在は、国外渡航歴がない住民同士での感染も確認されていて、首都カトマンズを含めた広範囲に広がっています。ネパールでは3月24日に全土でロックダウンが始まりましたが、6月14日にやっと一部で規制が緩和されました。国内の経済立て直しやスクリーニング検査の強化、隔離施設の環境改善などを求めるデモが各地で行われるようになっていて、人々のフラストレーションがたまってきている印象を持っています。
(吉田拓)なるほど、各国で感染の状況は違いますが、経済の立て直しを求める声が大きくなっているのは、同じ傾向にありますね。アフリカでもロックダウンになり日銭が稼げないことから日々の食べ物に困る世帯も増えていて、スーダンでは「新型コロナより空腹のほうが問題」という報道もされていました。
[1] 各国の新型コロナに関する数字は執筆時の情報であること。
いま、赤十字はどんなことをしているの・・・?
(吉田祐)生活の基礎となるものに困ると感染予防どころではなくなりますよね。フィリピン赤十字社は、政府が新型コロナ対策としてコミュニティ隔離措置を発表した後、本社内に対策本部を立ち上げ、職員も総動員で対応を始めました。フィリピン赤十字社は、フィリピンで活動する国際機関等で構成される支援対策本部[2]にも国際赤十字とともにメンバーとして参加しており、主な支援の4つの柱である①調査・監視、②健康管理機関及び政府への支援、③コミュニティでの活動、④業務継続計画に貢献する活動計画も早期に準備しました。フィリピン赤十字社は、特にPCR検査施設の設置と運営に力を入れており、国内検査数のおよそ26%を占め、感染者の早期発見と対応に寄与しています。
[2] HCT, Philippins Humanitarian Country Teamのこと。UNOCHA(国連人道問題調整事務所)が調整役を務め、フィリピンで活動する国際機関、NGO等で構成されている。
(五十嵐)ネパール赤十字社は、1月末に感染例が確認されて以来、全国77郡で活動を展開しています。ネパール赤十字社は、国際赤十字や支援社とともに保健や水と衛生分野などのタスクフォースチームを立ち上げて、活動計画や予算を作成するほか、現場レベルでは、新型コロナの予防や正しい情報の普及、自社のトラックで各郡に運搬した衛生用品などの配布、さらには隔離施設での支援活動や感染者の救急搬送など、多岐にわたる活動に従事しています。
感染の疑いがある住民を搬送する救急車の運転手や救急隊員は、特に感染リスクが高く、その家族も心配する中での業務となります。自治体からの搬送要請がひっきりなしにあり、隊員同士が防護に万全を尽くし、励ましあって遂行しています。ネパール赤十字社はこれまで全国各地で災害対応をしてきましたが、全土で一斉に支援活動をするのは創設以来初めての出来事です。
(吉田拓)ルワンダでは、先ほどお話ししたように、国の政策が功を奏していることもあり、緊急救援が必要といった状況にはありません。2000年にカガメ大統領が就任して以来、強いリーダーシップのもと、国の立て直しとさらなる成長を推し進めて来ました。ルワンダ赤十字社は、その中にあって政府の補完的な役割を担っており、3月から国内の移動が規制されている中でも、ルワンダ赤十字社地方支部とボランティアが地域に根ざして活動しています。具体的には、生計支援では所得を得られなくなった村落の住民に対して現金支給や物資の配布を行っており、また、水と衛生の分野では、手洗いを奨励しています。マスクの着用については、支援を必要とする人々だけでなくそもそもルワンダではマスク自体がこれまで身近でなく入手できなかったことから、着用している人はまれでした。最近になって、ようやく地方でもマスクを着けることが一般的になってきたようです。
アジアやヨーロッパと比べてアフリカ地域での新型コロナの感染は遅くやってきていることから、今年3月頃には「お金持ちだけがかかる」「アフリカの人には耐性がある」「ニンニクを食べると感染しない」などの噂が巷に流布していました。継続して正しい情報を伝えていくことがとても大切です。
かつて、国民の分断がジェノサイドにつながったことへの反省があるのかもしれないのですが、ルワンダ政府は、人々を分断するような情報への処断がとても早い、という印象を持っています。ルワンダに初の感染者が確認された際、全く関係のないスーパーマーケットを経営する外国人のI Dカードの写しがSNS上に「さらされる」という事件が起きました。ルワンダ政府は、これは虚偽の情報である、今後は政府発表のみを信頼すること、虚偽の情報を発信したものは罰する、と直ちに発表しました。今は、国境に隣接する地区で新たな感染者が発生し続けているのですが、当初は発表していた感染者の国籍や渡航情報を発表しなくなりました。難民キャンプや他国からの輸送トラックの運転手の往来があるのだと思いますが、国民が、特定の外国人や民族を標的にしないよう情報公開のあり方を考慮しているのかもしれません。
ルワンダ赤十字社の活動のひとつに、広く新型コロナについての正しい知識を広めることを目的としたラジオ放送や啓発広報トラックの巡回があります。新型コロナが広まる前から長年、モバイルシネマと呼ばれる移動式映画館などにより啓発活動を実施していましたが、今はラジオ放送の回数を増やしたり、内容を新型コロナ対策に変更したりするなど、形を変えて実施しています。日赤は、ベルギー、スペイン、オーストリアの各赤十字社と一緒にルワンダ赤十字社の新型コロナ対応を支援しています。
だいぶ遠い'リモートアクセス'~どのように仕事してますか?~
(五十嵐)3月末に帰国してから、皆さんどのように仕事をしていらっしゃいますか?私は、オンライン会議を通じて現地職員と日赤支援事業の今後の計画について話し合ったり、ネパール赤十字社や国際赤十字の同僚達と週2回定例会議で現状報告、活動進捗確認、支援状況等の情報収集をしています。また、日赤本社とも定期的にメールやオンライン会議で連絡を取り合っています。考えようによっては、国境を越えてオンラインで逐次連絡が取りあえるというのはすごいことなのですが、やはりFace to faceでのコミュニケーションではなく、また、ネパールの日々の生活を感じ取ることができないので、心理的な距離を感じています。
(吉田拓)これまで当たり前だったことが、今は当たり前とは言えなくなっています。毎日オフィスで会って、他愛もないお喋りも楽しんでいた同僚には会えず、オンラインでつながっていても一緒に仕事を動かしていくという実感が持ちにくい、というのが、リモートワークをする多くの方の現在の心境ではないでしょうか?今は、常識を振り回さないようにして、相手の言うことを背景まで想像して読み取る、ということを特に気を付けています。相手にとって、一番気がかりな点はどこか、何が一番大事なのか、そしてそれは何故なんだろう、というのを自分の価値で判断せずに聞き取ろうとしています。課題は時差ですね。ルワンダは日本との時差が7時間ありますから、ルワンダの朝8時が日本の午後3時。私は日本で仕事をするようになって、一日の時間の使い方が変わりましたね。それでも直接話すことに勝るものはありませんから、出来るだけここでは'密な'コミュニケーションの時間を大切にしています。また、自国に戻った他の赤十字社の職員ともオンライン会議やSNSなどを通して連絡を取り合っています。
(吉田祐)私もフィリピンの首都マニラにあるフィリピン赤十字社本社は在宅勤務になっているため、マニラにいても現在日本にいるのと同じ仕事のやり方ですね。ただ、やはり五十嵐さん、吉田拓さんが言われるように「スタッフの空気感」「どんな気持ちで仕事をしているか?」など、遠くから慮ることが出来ないのが今の仕事のやり方の難しさだと思っています。それから、フィリピン赤十字社は現在、社をあげて全国的に新型コロナ対応という緊急の活動にあたっていることから、私が担当しているような長期的なコミュニティ支援の活動を調整する難しさも感じています。
今号では、ルワンダ、フィリピン、ネパールの新型コロナウイルス感染症の状況やそれに対する赤十字社の活動、そして現在日本での業務について、お届けしました。次週7月1日発行予定の後編では、いつもの活動が出来ないジレンマや、試されている私たちのあり方、といったトピックでまだまだ語り合います。是非、来週もご一読ください!