3月11日、14時56分。大きな揺れが続く中で、全国の赤十字が動き出しました。東京の本社から調査チームが先遣隊として出動。赤十字病院や支部の職員などでつくる医療救護班が55チーム、薬やミルクなどを持って被災地に向かいました。
救護班は、被災地の医療機関が回復したら、その役割を終えます。しかし、今回は9月末まで6ヵ月間続き、阪神・淡路大震災(約2ヵ月間)と比べ、異例の長期派遣となりました。
派遣総数は、894班で約6,500人。岩手県、宮城県、福島県の3県を中心に75,000人以上を診療しました。
宮城県石巻市で唯一、被災を免れた石巻赤十字病院には、多くの患者が運ばれ、救護班もここに集結。院内はもちろん、周辺に点在する避難所の巡回診療を始めました。
3月20日、他の医療機関との連携により、効率よく巡回しようと、「石巻圏合同救護チーム」を同病院内に設置。日赤本社・全国の支部・病院から、のべ888名の職員を派遣し、一元的に統括するための事務支援を行いました。
なぜ、赤十字はすぐに医療活動ができるのか?
日赤では、災害に備えて医療救護班(医師1人、看護師3人、運転手1人、事務管理1人:計6人)を常備し、研修や訓練を定期的に行っています。全国に495班、5,336名を養成しているので、いつでも迅速に被災者の救護活動にあたることができるのです。
さらに、日赤が考案したdERU(domestic Emergency Response Unit)という仮設診療所があります。建物がなくても診療所を開設できるエアーテントのほか、医療資機材188品目、医薬品65品目、簡易ベッドや貯水タンクなど21品目を装備した専用トラックに、医療救護班(助産師や薬剤師も加わる)が乗り込んで被災地に駆けつけます。1日150人程度の傷病者を3日間治療することができます。
<写真>
1: 3月12日、不足していたミルクが救護班によって届けられました
2: 3月14日、北海道支部で行われた救護班の出発式
3: 3月15日、石巻赤十字病院に集結した救護班のミーティング
4: 3月12日、宮城県庁前に展開した大阪府支部のdERU